ダンデさんと付き合うようになってから、何か変わったことがあるかというと意外とそうでもない。朝と夕方に家からタワーまでの送迎をするようになったこと(これはあまり変わらない)と、スマホロトムで連絡を取るようになったこと、あとはたまに食事をしたりして時間を作って会うようになったことくらいだ。おおよそいつも通りの日常を過ごしていた。
今日は恋人同士になってから初めて遊ぶ約束をした休日。シュートシティでは恐らくどこへ行っても目立ってしまうだろうということで、初めてのデートにしてダンデさんのお宅にお邪魔することになった。いわゆるおうちデートというやつだ。
通い慣れたルートを通ってダンデさんの住むマンションの前に立つ。毎日のように訪れていたがロンド・ロゼと同じく、ここも中へ入るのは初めてだ。気後れしながら扉をくぐるとまるでホテルのような高級感あふれるロビーが広がっていた。事前にコンシェルジュに話を通してくれているらしいので、フロントにたたずむ受付っぽい人に声をかけると行くべき部屋を案内された。
エレベーターに乗って長い長い上昇の果てにたどり着いた目的の部屋のベルを鳴らす。するとすぐに扉が開いて満面の笑みを浮かべた家主が現れた。
「おはよう、ナマエ。いらっしゃいませだ!」
歓迎の言葉と共に中へと通される。なんとあうか、圧巻だ。
部屋の中はとても広い。いったい何人で住んでるんだってくらい広い。そしてインテリアも赤っぽい色を基調に、ロビーと同じような高級感あるテイストで整えられていた。まるでモデルルームのようだ。
っていうか生活臭漂うものがあまりにも少なすぎて本当に住んでるのか?って気分になる。部屋の一角に置かれた筋トレグッズだけがオレの心を癒してくれる。壁に飾られた大量のキャップはコレクションだろうか?どうでもいい帽子でも、こんな風に飾ってあったらなんだか高級なものに見えてくるな。
通されたリビングのソファーの上でオレはぼんやりと部屋の中ばかりを見渡していた。すると、紅茶の乗ったトレーを手にしたダンデさんが気まずそうな笑顔を浮かべてやってきた。
「事前にハウスクリーニングを入れたのがバレたか?掃除はしないわけでもないんだが……忙しくてな」
ハハ、と誤魔化すように笑うダンデさんになんだかこの部屋に来てようやくホッとして息を吐いた。どうやらオレも、慣れないセレブリティあふれる場所に柄にもなく緊張していたようだ。同時に場所が場所だけに年相応というか、そんな些細なことでも妙に親近感を感じてしまう。
「オレだって人を呼ぶとき以外の掃除はそれなりになるよ。ま、オレの部屋じゃこうはいかないけど。インテリアだって普通じゃないくらい整ってるし、部屋も半端ないくらい広いし……まるでホテルみたいだ」
「ハハッ、家具は全部部屋備え付けのものなんだ。この部屋はローズ前委員長が用意してくれたものでね……。チャンピオン業に集中出来るように大抵のことはコンシェルジュ任せで手配出来るようになっている。部屋の広さだけがオレのこだわりなんだ。オレの手持ちポケモンはでかいのが多いから、全員出しても生活できるようにな」
「越してきた時はリザードンの尻尾の火がカーテンに燃え移って大変な騒ぎになりそうだったぜ!」と懐かしそうに語りながら、対面側の椅子に腰を下ろす様を見て彼の調子を乱させる方法を思いついた。
努めて相手が気付くように目配せをしながらじっと見つめる。ダンデさんが視線に気付いたところで、トントンとソファーのすぐ隣を叩いた。
「座るとこ、違うでしょ」
途端にダンデさんの顔が嬉しそうに綻んだ。「そうだな」と甘やかに笑って立ち上がるとゆっくりとオレの隣に腰を下ろす。質のいいソファーは不要な音を立てることもなく、小さな振動と共にゆるやかに沈んだ。
普通に座りやがったので、肩に手を回して少しだけ引き寄せる。すると遠慮がちに藍色の頭がオレの肩に預けられた。
「あー……、緊張しすぎてた……な」
目を閉じて独白じみた感想をこぼすダンデさんに心が満たされる。オレに緊張しているんだ、と頭の中で反芻してニンマリと笑顔を浮かべた。顔を覗き込もうとすると、身をかわして隠される。もしかして照れているのだろうか。どうしても顔が見たくなってガバッと身を起こすと、じゃれ付くようにマウントを取った。
「このっ」
ダンデさんが抵抗して、笑いながら押し戻そうと手を伸ばす。その手を掴んで組み敷くように馬乗りになった。覗き込んだ顔には緩みきった笑顔が浮かんでいる。思わずオレも声を出して笑った。まるでワンパチ同士のじゃれ合いのようだ。
「初めて大きなソファーでよかったと思った!キミは意外とチャーミングなんだな」
「意外だった?こんなオレはイヤ?」
「、いいや」
ダンデさんの手が伸びてくる。オレの頬に手を添えると、上半身が起き上がってグッと顔が近づいた。
「最高だ」
ダンデさんからのキスを受ける。もう少し動揺してくれたらよかったんだが、まあいいだろう。オレにしか見せないであろう態度の全てに気分が良くなる。完璧なチャンピオン像が変わっていくのが愉快だった。無敵の星は今オレの下で組み敷かれるのを喜んでいる。ダンデさんが負けたあの日の感情を思い出してなんともいえない気分になった。笑えるな、本当に。
顔を上げると、ふと棚に飾られた写真立てが目に入った。ダンデさんの上から退いて、その写真を見つめる。藍色の髪の少年と、男の子。他にも老若男女が写っている。ダンデさんの家族だろうか。
「家族写真ってやつだ。結構前に撮ったものだけどな」
「結構前って……ダンデさんがこの子ってことは、かなり前じゃ?……実家に帰るのは、した方がいいと思うけど」
「思ってはいるんだがな……実家はハロンタウンなんだ。結構遠いし、こっちでやることもたくさんあるから、つい足が遠のいてしまう」
「えっ、ハロンタウンって。あの牧場地帯の?」
意外な地名が飛び出して思わず聞き返す。するとダンデさんも驚いた顔をしてこちらを見つめた。
「知ってるのか?もしかして仕事で行ったことでも?」
「いや、完全プライベート。相棒と羽休めにたまに行くんだ。あの辺はのどかであんまり人もいないから、好きに飛ぶにはちょうど良くて……。逆に仕事では行かないな。そうか、あそこの出身なのか……」
当然のごとくシュートシティ出身なんだと思っていた。少なくとも都会の出だと。
ハロンタウンっていったら同じ農業系のターフタウンより観光地化されていないド田舎だ。そうか……へえー、あののどかなところでのびのびと育って……ふーん。
シンデレラストーリーじみた王者への道程に、より理想のチャンピオン像に磨きがかかった思いでいるとダンデさんのキラキラとした視線がオレに刺さった。疑問符を浮かべて見返すと、期待のこもった声で話しかけられた。
「飛ぶって、ライドか?見たいぞ!一緒に行こう!ちょうどいいじゃないか。オレは実家に帰れるし、ナマエとドライブも出来る!」
「見たいって……そんないいもんじゃないというか、本当に好き勝手に飛んでるだけだって!あんまり褒められたもんでもない……」
あまり乗り気でないオレに対してダンデさんは行く気満々だ。じゃああのスケジュールをズラして、週末休みをまとめて連休にしようか……とすでに算段をつけている。
「行こうナマエ!約束だ!」
輝く笑顔を浮かべるダンデさんに、これ以上何かを言い募る気も失せてハイハイ、と脱力した笑顔を返した。素のダンデさんは意外と強情でかなりのマイペースだ。待ち遠しくてたまらない様子の恋人を見つめながら、体に全く馴染まない高級ソファーにゆっくりと沈んだ。