俗人の白日夢
昼間に寝た分、眠くなかった俺はトラファルガー・ローが去って行った後も書庫に残り、結局書庫で夜を明かした。寝床に行かなかった訳は場所が分からなかったのと、自分が本当にそこで眠っていいのか判断しかねたからだ。同じツナギは着ているものの、俺は他人だ。居心地が悪いことこの上ない。適当に起きて、書庫から船内をあてもなく彷徨っていると誰かよく分からないクルーに捕まった。そいつは俺が、お前が誰か分からないと伝えると苦笑を溢して俺を食堂に連れて行った。

どうやら運良く他のクルーと同じ時間帯に起きることができたらしい。しかし食堂のシステムが分からず、ぼうっと突っ立っていると背後からバシンと強く背中を叩かれた。驚いて思わず振り返る。するとそこにはキャスケットを深く被ったシャチ、が笑顔で佇んでいた。


「オッス!昨日大部屋に居なかったじゃんか!キャプテンのとこにでも行ってたのか?」


期待の篭った目で見つめるシャチは、きっと俺が"元"に戻ったことを望んでいるのだろう。いいや、と首を振ると少しだけ残念そうに「そうか」と肩を落とした。


「まあ、そんな簡単にはいかないよな!一緒に飯食おうぜ」


そう言ってカウンターへ近づいていくシャチの後に続く。シャチが軽めのピラフをコックに頼んだのに習って、すかさず同じものを注文した。なるほど。周りを見渡せば世話しなく厨房で動いている料理人達に皆それぞれ好きなものを頼んでいるようだ。あっという間に出てきた出来たての料理を持って適当な席に座る。すぐに食べ始めたシャチを見つめて俺もピラフを口に入れた。塩気が濃いが、美味しい。


「給水もこの間済んだし、次の島まで暫くは暇かもな〜。あ、そういえば名前今日洗濯当番じゃなかったか?」

「…洗濯当番?」


俺が首を傾げるとシャチは「それも忘れちまってるのか」と苦笑を漏らした。以前のことなど知らないが、なにぶん俺は船旅は初めてだ。しかし海賊船というからには、何かしらの仕事が割り振られているのだろう。シャチが説明しあぐねいていると、何処からともなくやって来たペンギンがシャチに呆れた視線を寄越して教えてくれた。


「コックや航海士は専門職だが、俺たち戦闘員は船上じゃ基本的に雑用だ。食糧調達したり掃除したり、船の操舵も当番だが基本的には航海士の指示に従ってだな。あとは見張りや、備品の管理なんかも当番制だ」

「それは何を見れば分かるんだ?」

「人の集まりやすい談話室や大部屋に表が貼ってある。昨日はどうしたんだ?夜、居なかっただろ」


深く被った帽子の奥では心配そうな瞳がこちらを覗いている。それにどうにも居心地が悪くなって僅かに視線を逸らした。彼が心配しているのは、多分俺ではない。


「書庫に居たんだ。…気がついたら寝ていた」


そう呟いた俺にシャチが「バカだなー」と言って笑う。ペンギンも笑って「今日はちゃんとハンモックで寝ろよ」とからかいと呆れの混じった声で言った。それに曖昧に返事を返して食事を続ける。働かざるもの食うべからずだ。船に乗っているのなら、働かねばならない。たとえそれが不本意であっても。じっとスプーンに視線を落とす。俺は一体、どうなってしまうのだろうな。そんなことを考えても、しょうのないことだとは分かっているけれど。



まだ、始まらない


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