俗人の白日夢
その日はいつもと何ら変わらない、普通の日だった。ログに従ってやってきた無人島を出て初日の朝。いつもだったら一番に起きてキャプテンの出待ちをしている名前が珍しく寝坊したから、彼を起こしに大部屋へ向かった。名前は昨夜随分と遅くまでキャプテンの部屋の前で(中には入れてもらえない)愛の言葉を吐いていて、キレたキャプテンにバラバラにされて気絶させられていたから、まあこんなこともあるのかと物珍しいような気分でいた。呼びに行くと、ぼうっとしているものの起きてはいるようだったので声だけ掛けて一足先に食堂で待っていたが、待てど暮らせどやって来ない。探しに行けば通路の真ん中でふらふらと立ちすくんでいて、引っ張って食堂まで連れてきた。しかし、ここでも名前はおかしかった。いつもだったらキャプテンを見つけた途端飛びつくのに、今日は少しじっと見つめただけで何の反応も示さない。すました顔で席についた名前に俺たちは困惑するしかない。

だってそうだ。あのキャプテン馬鹿の名前が…。
キャプテンも顔には出ていなかったが名前の豹変に多少なりとも驚いたようだった。そしてさらに珍事。あいつは「自分は名前じゃない」と言い出したかと思うと俺たちのことも分からないなんて言い出しやがった。どれだけ一緒に居ると思ってるんだ。本当、悪い冗談だ。しかし、あろう事か名前はキャプテンの制止を無視して食堂を出て行ってしまった。あまりにもあり得ない光景に食堂の中が騒然とする。だって、嘘だろ?あの名前だぞ?!毎日毎日キャプテンに犬のように擦り寄っては邪険にされてヘコんでいたあの男が、キャプテンを無視!?これは一大事以外の何ものでも無い。

あいつ…本当に病気か何かか?思わずシャチと顔を見合わせる。何だか良く分からないがとにかく追いかけた方が良さそうな気配だった。名前は足が早いから。


「おい!追いかけるぞシャチ!」

「あ、ああ…。分かった」


未だ動揺しているシャチを連れて食堂を飛び出す。通路に居たやつに聞けば名前はどうやら甲板の方に出ようとしているようだった。今は丁度、船が浮上しているため扉は錠がかかっていない。甲板へ続く扉へ急ぐと、そこには案の定不機嫌そうな顔をした名前が眉根を寄せて扉を睨みつけていた。


「名前!何してんだよ!ほんとお前大丈夫かって!」

「……すまないが、これはどうやって開けるんだ?」

「はァ?!」


やっと追い付いて声を掛ければ名前は難しい顔をしたまま目の前の扉を指差した。何を、言ってんだこいつ。毎日使う扉の開け方まで忘れちまったのかよ!


「何言ってんだよ!押すだけだろ!」

「は…、こんな大きい扉を、押すのか?俺の三倍近くあるぞ。仕掛けとかじゃないのか…?」

「お前も普段開けてただろうがァ!」


名前は俺たちの言葉が信用ならないようで訝しげにこちらを見つめると、恐る恐るといった様子で扉に手を掛けた。ギギィ、と軋んだ音を立てて鮮やかな日差しが室内に差し込む。扉を開けた名前は呆気に取られたような顔をして開いた扉を振り返った。


「…そうか、身体は……」

「なあ、さっきから何やってんだよ!お前一回キャプテンに診てもらった方がいいよ!」


名前は俺の言葉には耳を傾けずにさっさと船縁の方へ歩いて行く。そして手摺から海を覗き込むと頬を軽く抓った。


「…痛い」

「名前!何やってるんだって!」


そのままゆっくりと名前の身体が傾ぐ。ヤバイと思った時にはもう既に遅く、小さく「夢だ」と呟いたまま名前の身体は深い青へと落ちていった。


誰もあなたの夢を理解できない


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