「名前、キャプテンのこと好き?」
ベポに突然船内放送で呼び出され、バンダナのところから急いでやって来た途端そう問いかけられた。予想外の質問に俺は「はぁ?」と呟いて言葉に詰まる。もちろん嫌いではない。バンダナたちがあれだけ慕っているのだし、悪い人物でないことは分かっている。だが俺への容赦のなさも、謎の執着も、また気まぐれのように優しいところも全てが理解し難かった。何を考えているのか分からない。
俺が押し黙っているとこちらを見ていたベポが「嫌いなの?」と小首を傾げた。
「嫌いじゃない…。ただ、何を考えてるのか分からない」
「嫌いじゃないなら好きでしょ?キャプテンは名前のことが好きなんだって」
「……はァ?」
今度こそ、盛大に不可解さに顔を顰めた。
「トラファルガー・ローは俺のこと嫌いだっただろ。皆そう言ってる」
「そうじゃなくて。キャプテンは今の名前のことが好きなの。見てて分かるでしょ?」
見て…いて分かるようなものなのか?トラファルガー・ローの感情は。
俺は記憶の中でトラファルガー・ローの行動を反芻してみる。海に落ちたのを救ってもらったこと、ソファーを間借りさせてくれたこと、体をバラバラにされたこと、部屋の中に監禁されかけたこと、追いかけてきて賭けを持ちかけられたこと。
「…まさか」
嘘だろう?という意味で呟いた言葉の語気は弱かった。あのトラファルガー・ローだぞ?クルーになら…みんなあんな感じなんじゃないのか?
「第一、俺は男だぞ…」
「うん。知ってる」
「…だから、好きになるのは……ああ、そういう」
「つがいになる意味での好きだよ?」
人間的に前の名前より好きってことか、と納得しかけたところでそれは違うとバッサリ両断される。俺が言葉を失っていると呆れた調子のベポが幼い子供に言い聞かせるような調子で語りかけてきた。
「キャプテンは名前に恋してるの。求愛の仕方は変だけど。でも多分一生懸命。名前はそれが嫌?」
「嫌…というか。だから俺たちは男同士なんだ。シロクマだって男同士でつがいになったりはしないだろう?」
「するよ〜。それに船の上じゃ珍しいことじゃないよ」
「ゥエッ?」
そうなのか?俺は世の中の船乗り事情は知らないけど、そんな風だった…のか?それともこの世界が寛容なだけ…?分からん。でも前に聞いたことがあるような気も…。
俺は眉根を寄せて思考を巡らせる。ベポの話が本当だったとして…単純に考えると好きだと思われるのは普通に嬉しい…かもしれない。トラファルガー・ローは間違いなく俺の恩人であるし、顔も整っているし、所謂いい男だ。そんな人間に好意を持たれるのはやぶさかじゃない。
しかし、その先を考えるとどうにも想像がつかなかった。男同士だぞ?考えられない。トラファルガー・ローがそこまで考えているかは分からないが、俺には無理だ。…無理だろ…。
想像してしまってげんなりとする俺にベポはきょとりと首を傾げる。やっぱりシロクマと人間は違う。たとえ言葉を喋れたとしても、簡単に同性を好きになるなんて。俺にはその気持ちは分からない。
そこまで考えて、はたと思い至る。そういえば、相手に嫌われるほど同性を愛した男がいたじゃないか。この体の本当の持ち主。名前。トラファルガー・ローのことが好きで堪らなかったクルー。
「元の名前が居れば、全て丸く収まるじゃないか」
そう呟いた俺に、ベポが「それは違うよ」と諭すように答える。
「キャプテンは今の名前が好きなんだもん」
ベポの言葉はストレート過ぎて、俺の逃げ場をなくしていく。
分からない。トラファルガー・ローの気持ちも、元の名前の気持ちも。ベポの言葉だって。凡庸な人間はただ途方にくれることしか出来ないのだ。
白熊語は話せない