俗人の白日夢

昔から俺は夢のない子供だった。サンタなんて小学生になる前に居ないことは知っていたし、あらゆる事象には理由があって不思議や、ましてや冒険の世界なんてこの世にはもう残っていないことだって知っていた。知っていたんだ。なのに、これは何だ。


気が付いたら俺はゆらゆら揺れるハンモックの上にいた。全く、意味が分からない。辺りを見回すが、周りに同じようにぶら下がったハンモックには人の姿はない。状況が理解出来ず、しばし呆然としていると奥にある扉がガチャリと開いて男が入ってきた。おい、知らない男じゃないか。何だこれは。怖ェぞ。

変なツナギを着てPENGUINと書いてある帽子を被った男は真っ直ぐに俺の方までやって来るとニカッと効果音がつきそうなくらい爽やかに笑った。


「おう、起きたな名前!お前が寝坊なんて珍しいじゃんか。さっさと顔洗って来いよ!」


おいおい、なんでこいつ俺の名前知ってるんだよ。洒落になんねーぞ。

俺が絶句しながら見つめているのに気付かず男は「食堂でシャチも待ってるぞー」なんて言い残して扉の奥に消えて行った。…何?シャチ?水族館か何かかここは。何故シャチが俺を待っているんだ。分からん。とにかく冷静に、ここが何処なのか把握しなければならない。俺は恐る恐るハンモックから降りると辺りを見渡した。普段サイドボードに置いている携帯や眼鏡の類は何処にも見当たらない。というよりサイドボード自体が無いわけなんだが。周りは無数にぶら下がったハンモックとブランケットで埋め尽くされており、独特の床の揺れに合わせてそれらがぶらぶらと揺れていた。床を見下ろして漸く俺自身も先程の男が着ていたものと同じツナギを着ていることを知る。

着替えさせられている…?アッ、これはもしかして何処かに拉致されて死ぬまで強制労働させられるアレか?とんでもない犯罪に巻き込まれてしまった。警察は何をやっているんだ。とにかく動いてみないことには始まらない。この部屋には扉がひとつしか無いようなので先程男が出て行ったその扉から外へ出る。そこには窓ひとつ無い廊下が伸びていて、俺と同じツナギを着た人間が忙しなく行き交っていた。呆然としながらそれを見つめているとこちらに気付いたツナギの男たちが笑顔で挨拶をしてくる。


「おはよう、名前」

「寝坊か?珍しいな」

「おう、名前か」


なんでこいつら俺の名前知ってるんだ。そして何故顔を合わせた奴の半数が「キャプテンなら食堂だぞ」って言うんだ。クソ…。訳が、分からない。自宅といつもの日常が恋しくて気が狂いそうになっていると背後から「名前!」と名前を呼ばれた。聞き覚えのない声に嫌になりながら振り返る。するとそこには先程の、部屋で会った帽子の男が俺を見つめて佇んでいた。


「お前何やってんだよ!飯なくなっちまうぞ!さっさと食堂行く!」


男はそう言って俺の腕を掴むとずんずん廊下を歩き始めた。未だ状況が理解出来ていない俺はされるがままに従うしかない。男に手を引かれながらやって来たのは食堂らしき広間だった。さっき廊下にいたよりもたくさんの人数のツナギを着た人間が行き交っている。男に適当な席に勧められた俺は椅子に座りながら周りを見渡して、目を見開く。微かに見覚えのある人物がそこには、居た。

意味が、分からない。何だこれは。悪い…夢か?くらりと眩暈がして身体が傾ぐ。そこに居たのは夢と冒険の世界の住人。トラファルガー・ロー。俺の記憶が確かなら、かの有名な少年漫画の登場人物だった。



キラキラと私はやってくる


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