ハートの海賊団の一等航海士であるベポは針路を以前の無人島へととっていた。こちらに向かうまでの航路でこの辺りに海軍が少ないことは分かっている。潜水はあまりしなくとも良いだろう。
ログを辿りながら舵を取っていると奥の扉からローが入ってきた。「キャプテン!」と声を上げるベポをローが見上げる。
「航路は」
「うん、問題ないよ!もしかしたらスコールにでくわすかもしれないけど、気圧も安定してるし今のところは大丈夫!」
「そうか…」
小さく呟いたローは近くの椅子を手繰り寄せて腰を下ろす。テーブルの上の海図を手にとって静かに眺める様を見て、ベポはずっと考えていた疑問を口にした。
「ねえ、キャプテン。キャプテンは名前のことが好きなの?」
「ああ」
ローは手元の海図に視線を落としながら、何でもないことのように平然と返事を返す。やっぱりそうなのかぁ、と納得したベポは海の様子を気にかけながら質問を続けた。
「記憶喪失になる前より?」
「ああ」
「つがいになりたいの?」
「ああ」
「オス同士だよね?」
「ああ」
淡々とした会話が変わらないリズムで紡がれていく。全くいつもの調子を崩さないローを見つめて、ベポは至極当たり前に問いかけた。
「名前はそれを知ってるんだよね?」
「…」
途端に返事に詰まったローを見て、ベポは首を傾げる。好意を持っているのだったら、つがいになるためにそれは一番に伝えるべきことである。ローが心を傾けることにこそ、回りくどいほど周到に手をかける質だとベポは知っていたが、それにしたって名前に対するならば簡便に想いを告げてもいいはずだ。以前の名前自身のように。でないと始まるものも始まらないのではないだろうか。
「キャプテンは何を待ってるの?」
ベポの問いにローは視線を落として意味もなく中空を見つめた。それは今のローに対して、最も適した質問だった。
ローは待っている。それはいうなればあの男を手にする、最良の瞬間を。
機が熟すのを待つことには慣れていた。まだ、行動を起こすには早すぎるのだ。ローが動くのはいつだって謀が成功すると確信したその後だ。確実に成せると自身が思わない限り動き出したりはしない。そして、名前の事について"その瞬間"はすでに用意されていた。あれは約束は守る男だろう。そう考えたからローは賭けを持ち出したのだ。勝つ見込みが十分にあると感じたから。だから賭けが終わる瞬間までの行動は、慎重に行わなくてはならない。
「名前に嫌われたくないんだね」
ベポの言葉にローはくしゃりと眉を寄せる。まあ、端的に表せばそうなのかもしれない。
なんともバツが悪そうな表情をしたローは無言で席を立つと「何かあったら知らせろ」とだけ言い残して部屋から出て行った。照れている…というよりこれ以上ここにいるといらぬボロを出しそうだから出て行ったのだとベポは思う。ひとりだと暇じゃないか、と考えた後で唐突に顔を明るくした白熊は伝音管を手にすると船内に向かって呼びかけた。
「名前、ちょっとこっち来て」
面倒な生き物