俗人の白日夢
無事、名前を連れて船に戻ってきた一行を出迎えたのは船番をしていたクルーたちだった。ここ最近イライラしていた船長が元に戻ったことにホッとしたのも束の間、補給が終わったらすぐに出港だと聞かされて大慌てで準備に駆り出される。
目まぐるしく仕事に追われるクルーたちを尻目に見て、名前はバンダナの元に急いだ。きっと自分が逃げだした責任を取らされている筈だ。

近くにいたクルーにバンダナの所在を聞くと船倉に放り込まれていると聞いて階下へ急いだ。すっかり覚えてしまった船内を迷いなく進む。数室ある船倉の真ん中で「バンダナ!」と名前を呼べば、その中の一室からバンダナが顔を覗かせた。招かれるままに自分も室内に入る。


「なんだ。やっぱり捕まっちまったか?」


あっけらかんと笑みを浮かべるバンダナに「少し違う」と返す。しかしそれよりも前に、名前には言わなくてはならないことがあった。


「すまない…やっぱり俺を逃がしたせいで、バンダナに責がいってしまった。本当に…ごめん」


眉を寄せた名前は俯いてバンダナに頭を下げる。バンダナは顎に手を当てて名前を見下ろすと「で、成果はあったのか?」と問いかけた。


「それはもちろん!…あった。今からこの船で、例の島に向かってもらうんだ。トラファルガー・ローと…賭けをする」


神妙な表情でそう告げた名前にバンダナは「ふぅん」と息を付く。そして穏やかに笑った。


「だったらいいじゃねぇか。大した収穫だ」

「まあそうだが…でもお前が」

「良いんだよ。仲間ってのは助け合うもんだ。それが分かってるからキャプテンも謹慎程度で済ませたんだ。本気でキレてたらバラされてるよ」


上は出港準備で忙しいみたいだけど、俺はここでのんびりさせてもらうさ。

そう言ってバンダナはカラカラと笑った。笑って済ませる術を、彼は知っていた。どうしてなんだ。どうしてお前たちは、そんなにも。


「仲間って、何なんだ…」


深くうつむいて呟く。それは心底、名前には理解し難いものだった。
友人はいる。仕事仲間も、親友といえるような人間も。しかし、そのどれも今のような形に当てはまりはしなかった。許し合って叱りあって、でも決して馴れ合いではない。これは、なんだ。言葉としてはもちろん知っている。けれど、違うのだ。
名前の中の仲間という括りはあまりにも曖昧で、その一言で自分が許されるのに納得できない。だって、名前は彼らの仲間だった男では無いのだから。


「何なんだって言われてもなァ…。定義とかねぇよ。俺がそうだって思った奴が仲間だ」


首元をさすりながらバンダナがそう答える。

でも自分は違う人間だ。
名前はそう思った。そして名前の考えていることが分かっているかのように、バンダナは続けた。


「俺は今のお前のことも、仲間だって思ってるよ」


言葉を、失った。
俺は足りない。本当に、足りない。

必要なのは覚悟だった。万が一に備えてではない。ここまで言ってくれる者が、他人であって良いはずがないのだ。名前は自分自身と他を、あまりにも隔てすぎたのかもしれない。そうすることで、自身を守っていたのだろう。拙すぎるやり方だった。こんな風にあっけらかんと、裸で相手にぶつかっていくような経験をしたことがないからかもしれない。彼はあまりにも当たり前に名前のことを受け入れていた。それに名前は今、気付いた。
そのようなバンダナの在り方に素直に尊敬の念を抱いた。憧れ、と言ってもいいかもしれない。


「…ありがとう」


心からの感謝をこめて言葉を紡いだ。自分の存在さえあやふやな名前には、何ものにも変え難い言葉だった。


「ありがとう、バンダナ」


名前は噛みしめるようにもう一度繰り返してバンダナを見つめる。照れ臭そうに頭をガシガシと掻いたバンダナは、けれどどこか満足そうだった。
「だから気にすんなって」と繰り返したバンダナを見て名前は微かに笑う。そして小さく呟いた。


「俺も…お前を仲間だと思うよ」


相変わらず名前には仲間の定義はよく分からない。けれど自分にとってそう呼べる者がいるとしたら、彼以外にないと思った。バンダナが微かに目を見開く。そして次の瞬間本当に嬉しそうに、晴れやかに笑った。



分からないことだらけのこの世にいる


- ナノ -