俗人の白日夢
シャチたちとのポーカーを断った俺はひとり、例の窓がある部屋で深海の様子を眺めていた。他のクルーたちにとっては深海の様子など珍しくもなんともないらしく、部屋の中には俺の呼吸音と船の低い機械音だけが響いている。今は船のライトが行く先を照らしているため、陽光が届かないはずの深海の様子もきちんと見ることができる。異空間のような海底の景色を見つめて、俺は元の世界のことを思った。

まだ、この夢は覚めないのか。遠の昔にこれが夢ではないことなど分かっている。しかし、俺はそう感じた。


夢のような場所である。俺はこの船の中しか知らないが、それでも世界は活気に満ち溢れキラキラと輝いている。それは夢見る少年にこそ相応しいものだった。こんな普通の…矮小な大人には相応しくない。
いや、相応しくないのは他でもない、自分自身だった。現実的な打算や怠惰に浸って生きてきた自分には、ここは辛い。もう誰かに重ねられながら生活するのも…勘弁して欲しかった。思ったよりも、それはきついことだ。求められる反応も何も、俺には出来ない。もう少しメンタルは強い方だと思っていたんだが、如何せん状況が特殊すぎた。

今までのように無関心や流れに合わせて生きていくには、俺はあまりにも無力だった。何も知らない世界で生きていくには、必ず誰かを頼らねばならず、それは中途半端な俺を揺さぶるには十分過ぎる。

そう、中途半端なのだ。俺は何もかもが。大した夢も目標も持たずに、楽な方へ楽な方へ流されるような生を送ってきた者には、ここはあまりにも鮮やかで居た堪れなくなる。その度に俺は早く帰らなくては、という思いを強くする。この鮮やかさから逃げ惑うように。早く、はやくと。



窓の外に視線を移す。しんしんとした静寂に包まれる深海は、見たこともない奇妙な生き物たちが跋扈する異界だ。隆起した岩や真っ白な砂地が交差する大地の間を、虫のような形をした生物や巨大なヒレを靡かせた魚が行きかっている。俺にとってはどちらも馴染みのない世界である。深海も、この世界も。どちらも、息をすることができない。

美しく夢に溢れたこの世界に、俺は相応しくなどありはしない。



相応しいということ


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