俗人の白日夢
トラファルガー・ローのありがたい申し出により、俺はこの事態に陥って初めて健やかな朝を迎えることが出来た。この際ソファーだということやトラファルガー・ローと同室だという事実は些末なことだ。網の上で迎えない朝は、こんなにも素晴らしいものだということを俺は今十二分に噛み締めていた。

トラファルガー・ローはどうやら夜型な人間のようで朝はぐっすりと布団にくるまっていたため、起こさないようにそっと部屋を抜けてきた。確かに今まで午前中に彼を見たことは少なかったような気がする。


「おはよー、名前」


食堂のテーブルで朝食をとっていると大きな焼き魚の乗ったプレートを持ったベポが俺の隣りにひょいと腰を下ろした。その真っ白な毛皮を見つめて俺も挨拶を返す。


「昨日の夜煩かったね。おれ耳がいいから、潜水中のゴゥンゴゥンって音好きじゃない」

「…ああ」


この船が潜水を開始してから、確かに船の中には常に何かの機械音が響き続けている。俺にとってはそんなに気になるようなものでもないが、聴力のいいベポにはキツイのだろう。そういえば、トラファルガー・ローの部屋はあまり機械音がしなかった。やはり船長室だから環境もいいのだろうか。目をこすっているベポを見つめて何だか申し訳ないような気持ちになる。


本来なら自分のようないち船員が使えるような部屋ではないのだ。それは俺自身も十分理解していた。自分があの部屋で眠れるのはトラファルガー・ローの厚意があったからこそである。漫画の中のトラファルガー・ローに対して、俺は大した感想を抱いたことはなかったが、もしかしたら彼は俺が思っていたよりも優しい人物なのかもしれない。これだけ多くのクルーに好かれているのだから、人望もあってしかるべきというものだ。

手元に置いてある水に口を付けると、ほぼ同時に朝食のプレートを持ったシャチとペンギンが俺たちの前に腰を下ろした。


「オッス」

「おはよう」

「シャチ、ペンギン。おはよー」


お互いに挨拶を交わす彼らに混じって俺も「おはよう」と声を掛ける。何だか、すっかり馴染んでしまったような気がして、少しだけ俯いた。俺の様子には気付かずシャチは楽しそうに口を開く。


「なぁ、お前ら今日暇だろ?ポーカーしようぜ。ベリー賭けて」

「お前また金欠なのかよ。その賭けで負けた分を賭けで取り返そうとする癖やめろよな」

「うるせぇ!俺は夢に投資してんだよ!」

「そんでカモられてちゃ世話ねぇな」


息巻くシャチをペンギンが呆れた表情で見つめる。そういえば、今朝張り出されていた当番表はひどく簡素なものだった。前に比べて仕事量が圧倒的に少ないのだ。どうしてだろう、と考えていると俺の顔を見たペンギンが薄く微笑みながら答えてくれた。


「潜水すると操舵作業や見張りがソナーの監視と一緒に出来るからな。釣りはできねぇし水は貴重だし、一気にやることなくなるんだよ」


航海士は忙しいけどな、なんて言ってシャチがおにぎりにかぶりつく。なるほどな、と感心していると扉の開く音がしてトラファルガー・ローが入ってきた。彼にしては、早すぎる時間だ。クルーたちはそれぞれに驚いた様子を見せながら挨拶を交わしていく。トラファルガー・ローがこちらにやってきたので、シャチたちも驚いた表情で口を開いた。


「おはよキャプテン!」

「おはようございます…」

「キャプテン今日早いっすね…」


人間の二人は「今日なんかあるのか?」と不思議そうな顔をしている。トラファルガー・ローを見上げていると、彼とバチリと目が合ってしまった。俺は迷いながらゆっくりと口を開く。


「おはよう……ござい、ます?」


一応部屋を間借りしているのだから、感謝を表した方がいいかと思って敬語をチョイスする。するとトラファルガー・ローはくしゃりと表情を歪ませて呟いた。


「…お前は前のままでいい」


はあ、そうですか。どうも。

そのまま何事もなかったかのように踵を返してカウンターの方へ歩いていく彼を見送ってシャチとペンギンが勢いよくこちらを振り返った。


「何だ今の!お前キャプテンに何したんだよ?!」

「本当は記憶失ってないんじゃないか?!」


二人の剣幕の訳が分からず俺は「はァ?」と怯むしかない。何故かそのあと俺は記憶喪失を散々疑われるはめとなったのだった。



あなたは確実に変わっていく


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