俗人の白日夢
俺はこの海賊団に何人の乗組員がいるのか把握していないが、これはちょっとないんじゃないだろうか。丸一日が洗濯のみに費やされて終わった。膨大な量の洗濯物を洗っては干し、洗っては干しを繰り返して気付いたらもう日は落ちていた。天気がいいから一時間もしたら最初に干したものはもう乾いている。それを取り込みながらやっていたら簡単に一日が終わってしまった。ヘトヘトになって談話室のテーブルにへたりこむ。デスクワークが主だった俺に、あれはキツかった。身体はしっかり鍛えられているから耐えられたものの、素だったなら倒れていただろう。一日中外に出ていることがあんなに辛いとは思わなかった。

ぐったりとテーブルに伏せているとぽふぽふと頭を優しく叩かれた。顔をあげるのも億劫で視線だけ向けると、そこにはつぶらな瞳の白熊の姿があった。


「名前、お疲れー。ヘロヘロだね」


真っ黒な目を瞬かせてベポが俺を見つめる。それには言葉を返さず、ベポの鼻先へ手を伸ばした。真っ白な鼻筋をさわさわと撫でる。少し固めの毛は存外に心地よく、疲れていた俺は微かに目を細めた。動物は嫌いじゃない。危険な大型動物にこうも無防備に触れるなんて、滅多にないことだろう。


「名前、キャプテンの洗濯物取ろうとしなかったんだってね」


珍しいね、と続けるベポに辟易とした思いで息をつく。真っ白の毛皮を撫でながら何故か問い掛けるとベポは俺の手のひらに擦り寄りながらだって、と口を開いた。


「キャプテンの服は俺が洗う!って言っていつも他の当番と服の取り合いしてるでしょ?キャプテンは名前には絶対に渡すなって言ってるし。そのせいでいつも、もっと遅くまで仕事してるよね」


ベポの言葉に俺はふぅん、と大して興味もなさそうに相槌を返した。だから昼間、仕事をしていてあんなにも奇異な目で見られたのか。普通に洗濯を終えて、道具を片付けようとしたら他の連中に随分と労われたから、おかしいとは感じたのだ。

ベポを撫でながらひとり、そう得心する。意識は徐々に眠りのしじまに落ちようとしていた。瞼を持ち上げているのが酷く億劫でうつらうつらと船を漕ぎ始める。明日も、また何か仕事があるのだろう。風呂に入りたかったがシャワーは二日に一度だと今日クルーに教えられた。水は大切なのだそうだ。毎日たっぷりの湯船に浸かるのが日常だった日本人には、少しつらい。

いつの間にかベポを撫でていた手は止まっていた。名前?とベポが不思議そうに俺の名を呼ぶ。ここは本当に不思議だ。どうして白熊が喋るんだろう。朦朧とした意識でそんなことを考えた。泥のように身体が重い。こんな疲れ方をしたのは随分と久しぶりだった。肉体労働なんて、いつ振りだろう。

とろり、と瞼が落ちて柔らかな闇が視界を満たす。今夜はよく眠れそうだ、とベポの微かな声を聞きながら意識を手放した。



白熊のいる夜


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