!四年主
!箱入り






「苗字名前ー!」


大きな声が私の名を呼んでいる。
書き物をやめて自室から呼ばれた方へ赴けば声の主である田村三木ヱ門が近付いてくる私を見つけてキッと赤い目をつり上げてこちらを睨んだ。


「今回のはお気に召してくれたか?」


「何がだアホ名前!いい加減何度言ったらやめるんだ!」


三木ヱ門が自室からはみ出した大量の私からの贈り物を指差しながら怒鳴る。
私は肩を竦めて彼を見返した。


「どうしてだ?どれもお前が好きなものを贈ったぞ。南蛮仕込みの一等硝石に最新式の歯輪銃。ユリコさんの調整用の油に火器を用いた南蛮渡来の兵法書」


「いらないって言ってるだろ!こんなにたくさん…。さっさと返品してこい!」


ぷりぷりと怒る三木ヱ門に私は疑問符を浮かべる。
折角三木ヱ門が好きなものばかり見繕ったのに…。
どうして彼は喜ばないのだろう。


「嬉しくないのか?」


「嬉し…いかどうかは別として、限度を考えろ!こんなに大量に贈るやつがあるか!」


彼の指差す部屋のなかには私が贈った品々が所狭しと肩を並べている。
それらを全部突き返して三木ヱ門は鼻息荒く私を見つめた。


「だってタカ丸に聞いたら贈り物をしたら喜ぶだろうって…。たくさんあった方がいいだろう?」


「そういう問題じゃないんだ!いくらお前が名家の出だからってこんなに高価な物ばかり…。僕はいらない!」


やはり突っぱねられてしまった。
私はただ三木ヱ門に喜んでほしかっただけなのに…。

しゅんとする私に彼がうっ、と怯んだような声を漏らす。
暫くそのままでいるとカーン!と授業の始まる鐘が鳴った。
これから私の組は夜まで空き時間で、三木ヱ門の組は教室で座学だ。
三木ヱ門は私に荷物だけ下げておくように言うと校舎へと足早に駆けていってしまった。
後に続いて私ものったりと歩き出す。
一体どうして彼に突っぱねられるのか分からなかった。


私は公家衆の内に属する名門、苗字家の次男である。
十歳のおりに家督を継ぐ兄上の力となるため忍術学園の門を叩いたのだが、ここでの生活は今までの生活とは百八十度違っていた。
家内で大事に育てられた私は同い年の子供をかのようにたくさん見るのも初めてで、なにより世間知らずであった。
そのせいで同じい組の滝夜叉丸や喜八…朗にはそんなに世話をかけてないが、色々と手解きを受けたものである。

そのお陰もあってか近頃では随分日常生活にも慣れてきたというのに…。


「(一体三木ヱ門は何が気に入らないのだろう?)」


目下、私の目標は三木ヱ門と仲良くなることである。
そのために色々と手を尽くしてはいるのだがこれが中々に空振りする。
タカ丸たちに助言を受けているのに…どうしてなのだろうか?


「あっ名前くんおはよう〜。相変わらず手入れの行き届いた綺麗な髪だねぇ」


「おはようタカ丸。この間の助言…また失敗してしまった。言葉通りにしたのに…どうしてだろう?」


三木ヱ門くんのこと?と聞くタカ丸に頷くと彼は顎に手を当てて少し考え込む仕草をした。
私は黙ってそれを見守る。
家中でほとんど年上の者としか関わっていなかった私と違って髪結いをしていたタカ丸は対人関係に優れている。
故に同年代と余り接し慣れていない私には良い相談相手だった。


「名前くん、プレゼント何にしたの?」


「贈り物か?南蛮渡来の火器とか、良いものを大小三十点ほど」


私が答えるとタカ丸はありゃりゃ、と呟いて眉を下げた。
私は何かおかしなことでもしてしまったのだろうか?

疑問符を浮かべる私にタカ丸は優しく微笑む。


「そりゃ三木ヱ門くん受け取ってくれないよ〜。そんなに高価な物じゃなくて素朴なものでいいんだよ。花とか、手作りの物とか」


「手作り?」


そうか手作りか…。
確か三木ヱ門は前にかやくごはんなるものが好きだと言っていたような…。

しかしかやくごはんとは何だ?
ご飯とつくから食べ物なのだろうが…。
ご飯に火薬が混ぜてあるのか?


「…ありがとうタカ丸!私はおばちゃんの所に行ってくる!」


頑張ってね、と手を振るタカ丸に礼を言って早速食堂へと駆け出す。

急げ!
夕飯時までにかやくごはんを用意しなくては!


「…三木ヱ門くんは律儀だね」


一心に駆けて行く背中が見えなくなった頃、タカ丸はぽそりと呟いた。

タカ丸は知っている。
三木ヱ門が名前のことを本気で好いていることを。

大量のプレゼントにしても、受け取らなかったのは物ではなく心が欲しかったからであろう。
受けとることで彼は名前にとってのその他大勢になってしまうことを恐れたのかもしれない。
何かを施されるばかりの大衆ではなく、三木ヱ門は名前と対等でありたいのだ。


「健気だねぇ」


名前がそれに気付くのは何時だろうか。
彼は人の心に疎いし、三木ヱ門も不器用だから少し時間がかかるかもしれない。

少しずつ綻び始める恋の蕾にタカ丸はひとつ笑みを溢した。







百の宝石でも千の黄金でもなく、たった一輪の花が良い

(三木エ門、かやくご飯を作ったんだが…あー…やっぱり忘れてくれ。失敗したんだ!)(!名前が作ったなら欲し…し、仕方ないから僕がもらう!)


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