!四年主
!心配性
「潮江先輩、また徹夜したっしょ?控えてくださいよいい加減」
伊作を探して医務室へと来た俺はそこにいた後輩の姿にぎょっと肩を竦めた。
しまった。
今日は名前が当番だったのか。
人相が良いとは言い難い三白眼が俺を見つめる。
伊作がいないならさっさと退散しようときびすを返すがその前にむんずと袂の端を握られた。
ああ、捕まった。
「待ってくださいって。顔色、あんまよくないっす。ちゃんと食事食ってますか?休息は?」
「忍者のたまごともあろうものがおいそれと休息などといってられるか!常にギンギンに忍ぶことによって己を…」
「ギンギンはいいっすからちゃんと休息とってくださいよ。十五はまだ成長期なんすから」
そう言って名前が立ち上がる。
相変わらずふたつも下の癖にでかい男だ。
若干目線より上にある顔を見上げればとぼけた面と視線が合う。
「ほら、俺の方がでかいっす。たっぷり寝てるからですよ」
「お前の身長は異常だ!四年の中でも飛び抜けすぎだろうが!」
俺が声を荒げれば名前は肩を竦めた。
こいつは四年ろ組の保健委員で苗字名前という。
何分心配しいな奴でこうして顔を合わせる度に怪我はないか、体調は良いか、など余計なお節介を焼くのである。
「常からして堪え忍ぶのが忍者だ!うまい飯を食いたっぷり寝て、いざというときに耐えられなかったらどうする!」
「別に毎日そうしろとは言ってないじゃないっすか。せめて隈くらい消してくださいよ。睡眠不足は体調を崩す元なんで」
「俺は今まで体調は崩しておらん!」
「でもこれからもそうとは限らないじゃないっすか」
ああ言えばこう言う。
鼬ごっこのような問答はどちらかが折れねば終わりそうもない。
俺は辟易してため息をこぼした。
刹那、俺の目元に名前の指先が伸びる。
ぎょっとして顔をのけぞらせるが名前の指はそれを追いかけると労るように俺の隈を擦った。
薬を煎じていた指先は微かに薬草の香りがする。
「隈、濃くなってるっすね。潮江先輩また徹夜したっしょ。多分、三日くらい」
「…四日だ」
そう言った瞬間名前の顔がくしゃりと歪んだ。
なんで、お前がそんな顔をする。
「先輩には心配ばっかさせられる」
「馬鹿たれ。お前が勝手にしているだけだろうが。そのくらいで揺らいでどうする」
お前の方が心配のしすぎで死ぬんじゃないか?
そう言って軽く肩を叩けば情けない表情と視線がかち合う。
下手くそな笑顔が俺を見つめた。
「俺、先輩に殺されるっす」
その言葉を最後に俺は踵を返す。
名前は引き留めなかった。
「俺の命のためにお願いしますけど」
名前が背中越しに口を開く。
いつものだるそうに崩れた口調ではなく、凛とした強い声だった。
潮江文次郎先輩。
名前の口が俺の名を紡ぐ。
「どうか、御自愛ください」
返事は返さずに医務室をあとにした。
廊下を歩きながら名前の言葉を思い返す。
まったく未熟だ。
あいつの元へ行く度に俺は己の青さを自覚する。
ギンギンに忍者を目指す俺が、未だ三禁に手を焼いているなんて。
名前の心配に安心する。
あいつの中で俺はそれに足る存在なのだと。
自愛などするわけがない。
お前のそれを望む俺がいるのだから。
そうだ、俺はお前を。
殺したい
(自戒をもってその心を傷つける)