!五年主
!嘘吐き






忍とは、息を吸うように嘘をつく生き物である。


「やあ、雷蔵」


「あ…名前」


雷蔵は私を見つめると本を棚にしまっていた手を止めて僅かに頬を桃色に染めた。
私はそれに一層笑みを深くして彼を見つめる。


「昨日のいろは合同サバイバル演習、見事な首尾だった。さすが双忍だ」


「そんな…名前たちの方が凄かったよ。確か二位だったでしょう?」


上目使いにこちらを見上げて雷蔵が呟く。


ひとつ。
嘘をつく。

私達のチームは雷蔵たちのチームには会っていない。
特に監視をしていたわけでもないし彼らが首尾よく行動していたかどうかなど知らないのだ。
これは雷蔵も承知のこと。


「いいや、運がよかっただけさ。たまたま綾部の掘った落とし穴にかかっているチームを二、三見つけてね。労せず巻物だけ頂戴したんだ」


またひとつ。嘘。

私たちのチームは非常に攻撃的だった。
奪っては奪われ、また奪いの繰り返し。
そのような偶然には頼っていられない。


「そうなの?でも確かに綾部の罠はたくさんあったよね。実は僕もちょっと落ちかけちゃった」


あはは、と照れ臭そうに笑う雷蔵が信じたのか信じていないのか私には分からない。
口の端を持ち上げて彼と同じように柔らかに笑う。


父は言った。
息を吸い嘘を吐けと。
忍とは山河の霧のようなものだ。
触れることは叶わず香りすら残さぬ。
嘘という霞で惑わして真実を覆い隠し、決して正体を悟られてはならぬものだと。


「ああ、私もだ」


ほら、またひとつ。

私にとって嘘とは呼吸と同じだ。
癖や実力、行動。
相手に己を知られることは即ち死に近付くことである。
それを避けるための術として私は偽りを吐く。
いつしかそれは周知の事実として級友たちも当然に受け入れるようになった。


「雷蔵」


彼の名を呼んでそっと手を伸ばす。
頬に触れるかのように眼前に伸びるそれに雷蔵は反射的にかビクリと瞳を閉じた。
私はそれにより一層笑みを深くして優しくその髪に触れる。
そして恐る恐ると目を開けた雷蔵ににっこりと微笑んで見せた。


「塵、ついてた」


ひとつ、これも嘘。

瞬間、雷蔵の顔が真っ赤に染まる。
俺はありもしない塵を握り締めて一層笑みを深くした。

ああ、可愛い。
雷蔵は可愛い。


「しょ、書庫でついたのかな?ありがと、名前」


「構わないよ。じゃあ私はそろそろ長屋に戻るから」


そう言うと雷蔵があからさまに眉を下げて寂しそうな表情をする。

しかしすぐに口許に笑みをのせると取り繕うかのように微かに笑った。


「そっ…か。じゃあ、またね」


手に取っていた本をきゅっと握って雷蔵が私を見上げる。
私は軽く手を振って出口へと向かった。
後ろから注がれる強い視線が愉快だ。
本棚を曲がる瞬間、何かを思い出したふりをしてあ、と声をあげた。


「雷蔵」


不意に振り返った私に雷蔵が驚いて肩を跳ねさせる。
な、何!?と動揺しながらも聞き返してくる雷蔵に軽く笑みをこぼして、最大限に優しく微笑んだ。


「好きだよ」


……。

私の言葉に雷蔵が目を見開く。
そして次の瞬間、酷く泣きそうに顔を歪めた。

震える唇が何とか笑みを作ろうと弧を描く。
けれど瞳だけは、隠せぬくらい不安定に揺れていた。


「うん……僕もだよ。名前」


悲しみに濡れる声が静かに私と彼の間に落ちる。

きっと雷蔵は、私の言葉を偽りと思っているのだろう。

それには気付かないふりをしてその場をあとにした。
私は出口へ向かいながらそっと目を閉じる。

忍とは息を吸うように嘘をつく生き物である。
それは人を欺き、いずれ真実さえも飲み込んでしまうだろう。
たったひとつ吐いた真実は数多に散りばめられた嘘に埋もれてしまう。
そしてそれは自分さえも偽るのだ。


こんなにも君を請う、恋心を飼い殺すために。








その忍びの各も偽りを吐きたるや

(崩落するは霧の晴れたる時か)


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