!六年主
!女嫌い




「待てっ名前!」


「頼むからこっちに来ないでくれ仙蔵!」


六年長屋の廊下をばたばたといかにも忍者らしくない足音をたてて二人の少年が走る。

その様子を見て善法寺伊作はまたか、と顔に苦笑を浮かべた。


「仙蔵、またやってるの?」


「当たり前だろう。名前の奴、私の顔を見たとたん脱兎の如く逃げ出したんだ!もう今日という今日は勘弁ならん!」


柳眉をきゅっとつり上げて憤慨する仙蔵はそれでも秀麗で、顔が整っている分迫力があって恐ろしい。
美人が怒ると怖いと云うがまさにそれを絵に描いたような男だった。

それが、名前の苦手なところでもあるのだろうけれど。


「ではな伊作。私は名前を追うから、もし奴を見つけたら捕まえておいてくれ」


「頑張って。僕にできるか分からないけど努力はしてみるよ」


頼んだ、と言って掛けていく仙蔵の背中を見つめてひとつ息をつく。

仙蔵も素直になればいいのに。
あんなんじゃいつまでたっても想いすら告げられない。

あの二人のやり取りは僕らが一年生の時から変わらない日常だ。
女の子が苦手な名前は女の子と同じくらい綺麗な仙蔵のことも苦手だった。
仙蔵と出会った当初、彼は仙蔵のことをくのたまだと思ったらしい。
まあ分からないでもないけど。
仙蔵は子供の頃から顔が整っていたし色も白い。
名前の分類は中々に大雑把で各云う僕も上級生になるまでは名前に敬遠されていたくらいだ。
それは本人の質であるからして仕方ないといえば仕方のないことなのだが、想い人から逃げられて仙蔵が黙っているはずもなく。

未だに慣れない名前を怒っては追い回してばかりいる。

普段の仙蔵であればわざわざ去る者を追うことなどしないのだが、やっぱり素直でないだけで名前のことが好きなのだろう。
怒ってばかりでは逆効果だというのに。

不器用な同級たちのことを思って僕はひとつため息をついた。



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俺は後ろから鬼の形相で迫る立花仙蔵から必死になって逃げていた。

立花仙蔵には悪いが俺は彼が苦手だ。
彼の長い睫毛も白い肌も、美しく手入れされた髪も、全てが全て俺を敬遠させるものでしかない。

立花仙蔵はまるで本当の女子のようである。
繊細で華奢で。

そして、何を考えているのか分からない。


「逃がさないぞ名前!」


後ろから聞こえた声に俺は思わず振り返る。
すると視界の端に立花仙蔵が投げたであろう焙烙火矢が目に入って慌ててその場から飛び退いた。
次の瞬間焙烙火矢が激しい閃光と共に爆発する。
衝撃に体勢を崩した俺はその隙をついた立花仙蔵に襟元を捕まれ呆気なく地面に押し倒されてしまった。


「やっと捕まえたぞ名前」


艶やかな黒髪が目の前にさらりとこぼれ落ちる。
唇をつり上げて笑った立花仙蔵は、しかし次の瞬間にはくしゃりと顔を歪ませた。
普段の涼しげな表情とはかけ離れたそれに俺は目を見張る。
そんな彼を俺は今まで見たことがなかった。


「お前は…、お前はそんなに私が嫌いか名前!」


「嫌いというわけでは…ない!ただ俺は女子が苦手で…」


「だから私を避けるというのか?私は男だぞ!」


いっそ女だったなら、お前と…。


そう言いかけた立花仙蔵がハッとした様子で口をつぐむ。
しかし確りと音を拾った俺はその言葉に疑問を抱いた。

おかしい。
立花仙蔵は女子に間違えられることを不快としていたはずだ。(伊作から聞いた)

なのに今の言葉は…うん?


「立花仙蔵。お前は女子になりたいのか?」


「なりたいわけあるか!これ以上お前に嫌われてどうする!」


…?
何か変だ。

立花仙蔵は俺を…。
俺は立花仙蔵を?


「違う。仙蔵、聞いてくれ」


俺はすっかり緩んだ襟元の拘束をつかんで彼を見つめた。
立花仙蔵はいきなり手を取った俺に驚いて目を見開いている。

隙のあるその姿に最早苦手さは感じなかった。


「俺は男兄弟だから女子といるとどう接したら良いか分からなくなってしまう。…もちろん仙蔵が男だということは分かっている!でも仙蔵の前にいると女子と同じで緊張して、どうして良いか分からなくなってしまって…」


ん?


「綺麗な髪とか華奢なとことか、危うげで傷付けてしまいそうで…」


ちょっと待て。
立花仙蔵は男だぞ。
俺はしっかりそれを理解している。
それなのになんだこれは。

これではまるで…。


「俺は…仙蔵が好き、なのか?」


間抜け面で目の前の立花仙蔵を見上げれば彼は真っ赤な顔をしたまま素早く俺の米噛を殴った。
見かけに反して乱暴なそれに一瞬頭に星が飛ぶ。


「疑問系ではなく、ちゃんと私を好きと言え!」


その表情はいつも俺を追いかけるときと同じで、怒っているようではあったけど。


そのあとに見せた、花が綻ぶかのような嬉しそうな笑顔はこの世のどんな美女よりも美しいと思った。







君は女ではなく、そしてどのような女より美しい

(今まで私を避けた罪は重いからな)(覚悟しておけ)


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