!校務員主
!おっさん



忍術学園には教員以外にも様々な役職の人間が働いている。食堂のおばちゃんや道具管理主任の吉野さん、校医の新野先生、小松田くんら事務員が数人。そして使丁…つまり校務員の、俺だ。

きっかけは、フリーの如響忍として諸国を巡りつつカツカツに食いつないでいる状態だった俺に、ちょっとした縁で学園長先生が声をかけてくれたことだった。根無し草でギリギリの生活をすることに限界を感じていた俺は二つ返事でその誘いに飛びついたってわけだ。
我ながらそろそろいい年になってきたし、早々にどこかに根を下ろして嫁さんでももらって余生をのんびり暮らしたいと思っていた矢先の事だったから、学園長の話はまさに渡りに船だった。

仕事内容は学園の環境整備とか、雑務諸々だ。建物が傷んでたら直すし、裏山の管理なんかも俺が担当している。生徒が作った罠の後始末も俺の担当だ。くそったれ。
こういった普通の校務の他に、学園の周囲に近づく怪しい奴の警戒も仕事内容に含まれている。如響忍だった俺が校務員に誘われたのもこの為だろう。俺たちは様々な土地土着の風習を網羅し、地形を理解し、地の利や時の利を利用して忍務にあたる。だから忍術学園の周囲で怪しい方言を使う奴や美濃流行りの染め物で美作から来たなんてのたまう奴の馬鹿さ加減には一発で気付く。学園から裏々々山までの地形もぜーんぶ頭に収まってる。
地味な割に神経使うような事ばかりだが、俺としちゃあ大事な事を任されてる自負があるし、この仕事に満足している。たったひとつ、その中でも、面倒な事があるとすれば―――。

「おめぇ凝りもせずにまた来たのか…」

俺専用の住居として裏山の入り口に与えられたほったて小屋。その粗末な戸口にはあんまりにも不釣り合いな容相の派手な金髪に呆れ混じりの視線を送ると、来訪者の斉藤タカ丸はのほほんとした笑みを浮かべた。

「そんなつれないこと言わないでくださいよー。僕わりとここに来るの楽しみにしてるんですからぁ」

「んな奇怪なこと言うのお前さんだけだよ」

「またまたぁ。さ、座ってください」

つんとした態度を取るおじさんに一切怯まず、きらびやかな若者は明るく笑ってみせる。勝手知ったるといったように家に上がり込んで持参した髪結い道具を広げる斉藤に俺は辟易とした思いで天井を仰いだ。

彼はこの学園に中途入学してきた髪結い屋の息子だ。忍術の知識が乏しいため、年齢的には六年だが四年に在籍している。だから同輩とは馴染みにくいのか何なのかよく分からないが、知り合って以来隙あらばここを訪れて俺の髪に苦吟を呈してはダラダラこの小屋で過ごしていく。

現役時代は行く先々の風土に合わせて脛巾の染め素材から胸紐の結い方にまで気を使っていた俺は、学園に来てから自分の装いにはまったく頓着していなかった。というより、今までは装いに気をつけるのが仕事だったから気付かなかったが、生来そういうのが無精な質なのだろう。髭だって剃るのが億劫で放置している有様のを、斉藤は毎回子供にするように叱りつけては甲斐甲斐しく俺のみてくれの世話を焼くのだ。十以上も歳の離れた者にあれこれされるのもどうかと思うが、本人が勝手にやってくるのだからもはや諦めている。

今日も「さあ!」と板の間に座り込んで自分の前を指す青年に従って、深く息を吐いてから彼の前に座った。手慣れた手つきで斉藤が俺の結い紐を解く。

「名前さん、また前に結ったとき以来解いてないね!ちゃんとくしで梳くくらいはしないと〜」

「おーおー。今度やっとくやっとく」

「ぜったいですよぉ?」

毎度と同じ会話を飽きもせずに楽しそうに繰り返す斉藤に俺は軽く息を漏らす。
最初の頃は抵抗したりのらりくらりと言い訳していたが、今やそれをするとどんどん斉藤が悪鬼の如く怒り出すのを身しみているので適当に受け流しながら彼の手の好きにさせている。斉藤は何が楽しいのか鼻歌まじりにおっさんの傷んだ髪を撫で付けると、くしで丁寧に梳き始めた。
爽やかな香油の香りがすえた室内にふわりと広がる。まったくこの青年は物好きを拗らせている。髪結いという職業柄、傷んだ髪を放置する事が出来ない性分なのかもしれないが、手前の学校の事務員の面倒までみるこたぁないだろう。あんまりにも頻繁に訪れるものだから、学業にさわりが出るといずれ面倒になるかもしれない。生徒にただでやらせているというのも聞こえが悪いだろう。

柔らかな指先が撫でるように頭の中をうごめくのを感じながら俺は苦い思いで目蓋を閉じる。一度くらい風姿を整えるのも手だろうか。仕方なしに覚悟を決めると、何気ない口調で口を開いた。

「お前さんは結い師だろう。ここいらで一番近くて安い髪結いを知ってるか?」

「ええ〜この近くはちょっとわかんないなぁ。僕の家はこの辺じゃないし。一体どうしたんです?」

「なに、あんまりにも叱られっぱなしなもんだからとうとう心を入れ替えたのさ。放りっぱなしじゃなけりゃあお前さんも文句はないだろう?」

俺がそういうと斉藤は手が滑ったかのように強く髪の総を引いた。不意にやられて首が後ろにつんのめる。おや、と思って振り返ると、眉を寄せた斉藤の顔とかち合った。あらら、こりゃあ。この顔は。

「知りませんよ。知らないです。駄目ですよぉ。手入れくらい、自分でしてください」

途端乱暴になった手つきに俺は苦虫を噛み潰したような気持ちになる。
言ってることがさっきと違うじゃあないか。本職に任せた方がいいに決まってる。無精な俺が自分でそんなのしそうにない事くらい知ってるだろう?なんて野暮な事は口にしない。

ようは手前以外に髪を触らせんなってこった。これがどういう意味を持つかも年若い青年の胸の内も、一応プロ忍の端くれだった者にならお見通しで。…こりゃあ学業にさわる以上に厄介なことになりそうだ。そう、心の中で愚痴を吐いて煤にまみれた天井を見上げた。






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