!六年主
!腹黒






六年い組用具委員、苗字名前は大変優秀な生徒である。
個性派揃いの六年の中でも協調性があり常識人。
だが決して没個性という訳ではなく、言われたことを何でもそつなくこなせる技量もある。
何よりいつも柔らかな笑顔を絶やさない、後輩思いのとても優しくて頼れる先輩として有名であった。
もちろん周りからの評価も非常に良く、皆から好かれる好青年だ。
…俺は全くそうは思わないが。


「食満せんぱ〜い、苗字せんぱ〜い!桶の修繕終わりました〜!」


元気な声が用具倉庫に響く。
拙いながらもしっかりと修繕された桶を抱えて倉庫に入ってきたしんべヱと喜三太を見て俺は笑みを浮かべた。


「おう!ありがとうな。一年にしちゃ良くできてるぜ」


桶を受け取ってニッと笑うとふたりがやったあ!と嬉しそうに微笑む。
すると後ろから穏やかな声がふたりを呼んだ。


「よかったね。しんべヱ、喜三太」

「苗字先輩!」


後ろを振り返ったふたりが表情を輝かせる。
そこには俺の同輩の苗字名前が柔らかな笑みを浮かべて佇んでいた。


「苗字先輩が教えてくれたからです〜」

「ありがとうございまーす!」

「そんなことないよ、ふたりが頑張ったからだって」


ゆっくりと首を振った苗字は優しくふたりの頭を撫でる。
ふたりは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「…お前ら、今日はもう終わっていいぞ。後は俺たちでやっておくから」


俺がそう言うとしんべヱたちは元気に返事をして倉庫の外へと駆けて行った。
ひらひらと手を振って苗字が走り去るふたりを見送る。
そして一瞬の沈黙の後にハァ〜、と深く息をついた。


「餓鬼の相手は疲れる」


さっきまでの柔らかさなど欠片もない、低く掠れた声が悪態をつく。


「俺、子供嫌い」


怠そうにその場に腰を下ろした苗字がじとりとこちらを見つめる。
普段の優等生然とした様子は完全になりを潜めていた。

苗字は決して面倒見がよくも優しくもない。
この事実を知っているのはこの学園内で唯一、俺だけだ。
他の奴らは誰も知らない。
苗字は俺以外の前では完璧に猫を被っているのだ。
腹の底は真っ黒で、口も性格も悪い奴。


「食満、何か失礼なことを考えてやしないか?」


苗字が口元をにんまりと吊り上げて問い掛ける。
妙な勘の良さに苦い思いで苗字を見つめた。
先程まで不機嫌そうだった表情は今は意地の悪い笑みをたたえている。


「別にそんなことねぇよ。それよりお前、小平太とバレーかなんかする約束してなかったか?さっさと行って来いよ」

「苗字くんは委員会活動に忙しくて行けなかったんだよ。誰があんな殺人競技…。ごめんだ」


七松のこと嫌いだし。

そう呟くと苗字は戸板の山にゆったりともたれ掛かった。
軽い調子で毒を吐く苗字に俺は眉を寄せる。


「文次郎も熱っ苦しくて嫌い。仙蔵は神経質だし。長次は何考えてんのか分かんねーし。伊作は不運だし」


つらつらと同輩の名前を上げる苗字は淡々としている。
同輩も後輩も嫌いって、こいつ好きな奴なんかいないんじゃないか?
そもそも苗字が心の底から誰かを好くなんていう状況が想像できない。
苗字から視線を外した俺は手元の工具を弄りながら背中越しに話しかけた。


「お前は誰かを好いたりなんてしないだろ」


何気無い俺の言葉に、背後の気配がゆっくりと動いた。
沈黙の後に苗字がこちらに近寄ってくる。
囁かれた言葉に俺は目を見開いた。


「俺はお前しか好きじゃないよ」


勢いよく苗字を振り返る。
苗字は俺と目が合うと軽く笑った。


「嘘じゃない」


毒のない言葉と表情に俺は困惑することしか出来ない。

お前の前でしか本音なんて言わないよ。


そう言った苗字は意地悪そうに笑った。






腹中に潜む

(腹の真っ黒なおまえと六年間付き合ってきて嫌いにならないあたり、もう当に答えなんて出ている)


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