!四年主
!電波
!多分トリップしてる







雨だ。

俺は湿気を含んでどこかじっとりとした廊下を歩きながら大粒の雨が絶え間なく降り注ぐ野外を見つめた。
外には誰もいない。
こんなにも激しい雨が降っているのだから、当たり前だろう。
こんな日にあの後輩は一体何処へ行ったのだろうと俺は一つ息をついた。


俺の後輩にはとにかく訳の分からないのが一人いる。
それが今探している四年ろ組の名前苗字だ。
四年生といったらあの自己主張の激しい平滝夜叉丸を筆頭に綾部や田村などといった容姿は整っているが如何せん性格に難有りな者が多い。
名前は彼等ほどアクティブな訳ではないが、四年の特性に漏れずとことん協調性がなくマイペース。
そのうえある意味四年の中で特質して理解しがたい生徒だった。

今だってそうだ。
俺は見つめた林の先に佇む人影を見て大きく目を見開いた。


「…名前!?」


「…ああ、尾浜先輩」


名前は俺の姿を認めると小さく呟いてこちらへゆっくりと顔を向けた。
その全身は容赦なく降り注ぐ雨粒によってずぶ濡れになっている。
どこかがっかりとしたような声音に疑問を抱きつつも濡れ鼠になった後輩に慌てて駆け寄った。


「名前何してるのこんなとこで!風邪ひくって!」


「尾浜先輩こそ、風邪をひいてしまいますよ。早くお戻りになられた方が…」


それだけ中途半端に呟くと名前はぼうっとした瞳で空を見上げた。
名前の顔をまるで涙のように雨粒が無数に伝う。
とにかく早く屋内に連れ戻そうと握った腕は随分と冷たかった。
それに眉根を寄せて強く引くと存外強い力で抵抗された。
名前の方が随分と背が高く、体格も良いせいか引っ張ってもびくともしない。
非難めいた視線を向ければ空を見上げたまま名前がぽつりと呟いた。


「夢の中でも雨は冷たいんですね」


意味不明だ。
寝惚けてでもいるのかこいつ。

訝しげな視線を向けるが俺の反応など全く気にせず名前は続けた。


「帰りたいんです。俺はずっと。元いた場所に。この十三年間、ずっとそうでした」


視線はずっと空を見上げている。
けれど名前の瞳には、何も写っていない。


「不思議です。何もかも違うのに、雨空だけは同じなんです。晴天では青すぎる。夜空では星が有りすぎる。曇天だけが、…同じなんです」


デンセンはないけれど、と名前が小さく漏らす。

一体何が同じなのか、名前は何処へ帰りたいのか、全く意味が分からなかった。
だけどこの張りつめたような空気が、名前が真剣なのだと伝えてくる。
名前はいつもそうだ。
てれびで見たのと同じ。懐かしい。夢だから。
いつも訳のからないことを言って悲しそうに笑う。
俺にはそれが何故なのか全く分からない。
分からないことを…悔しいと思う。


「尾浜、先輩」


名前がゆっくりと俺の名を呼ぶ。
すっかり雨水を含んで額に張り付く前髪を払いながらその声に顔を上げた。


「俺はみんな知っています。乱太郎たちのことはもちろん。食満先輩のことだって」


でも。

名前が俺を見て眉を下げる。
頬を伝う雨が顎から流れ落ちて、まるで泣いているようだった。


「あなたのことだけは知らない。あなたは。俺にとって、特別なひとなんです」


尾浜先輩、と名前がまるで大切な言葉を口にするように丁寧に囁く。
俺はまるで魅入られたかのように名前を見つめた。


「どうか俺のこと、××と呼んでください。あなただけは、知っていてください」


聞いたことの無い名だ。
名前の名ではないそれは、この学園では耳にしたことのないものだった。

名前が静かに俺を見つめる。
彼に触れた右手に僅かに力を込めた。
そうでないと消えてしまいそうなほど、今の名前は儚かった。


「××」


ゆっくりと確かめるようにその名を口にした。
瞬間、名前が泣きそうに顔を歪める。

あなたが、俺と同じなら良いのに。

小さな小さな呟きは降り注ぐ雨音に掻き消されてしまう。
名前の言葉の意味も、その名の訳も俺には分からない。
だけど名前の傍にいられるなら何だっていい。
俺はそのためならお前と同じのふりをするよ。


「××」


俺はもう一度その名を呟く。


呼ばれた名前は俺を見つめると、本当に綺麗に微笑んだ。






家鴨は白鳥を嘯く

(君は俺とは違うのか)

---------------------------
××は彼の元の名前。
勘ちゃんだけ特別なのは彼がテレビ見てたときはまだ未登場だったから。


- ナノ -