僕は呆然と目の前の志村名前を見つめる。

奴は驚く僕にふ、とひとつ息を吐いて荷物を再び抱えると家の裏へと向かっていった。
僕はハッとしてそのあとについていく。



「おい!どこにいくんだ!」



僕の問いかけには答えず名前は倉庫まで来ると取り付けられた南京錠をはずしながら漸く口を開いた。



「だから、狩りの依頼だろう?」



「まっ…あ、それはそうだが…」



反論の余地がなく思わず語気が弱まる。


倉庫の中には罠や所謂狩猟道具といったものがたくさん置かれていた。

名前はその間を縫うように歩いて一番奥にある厳重そうなロッカーに真っ直ぐ進んでいった。
再び懐から鍵を取り出してロッカーにつけられた錠に手をかける。

僕は黙ってその姿を見守っていた。



「話なら既に聞いている」



は?
聞いているって…僕はまだ依頼していないのにいったいどこから…。

がちゃりと重い音がして名前がロッカーの奥から重厚な猟銃を取り出す。
手慣れた様子で弾込めをするとそれを肩に背負って僕に向きなおった。



「猪の話だろう?村人から聞いて、もう罠を張ってある。かかっているとしたらあとはもう撃つだけだ」



名前はそれだけ言うとスタスタどこかへ行こうとする。

僕は慌ててそのあとを追った。



「待て!どこに行く!」



「罠の仕掛けてあるところへ。この間仕掛けたから、そろそろかかっているはずだ」



「僕も行くぞ!」



するりと出た僕の言葉に名前がは?と言ってこちらを振り返る。

僕は少し上の位置にある顔をギッと睨み付けた。



「ここまで歩かされて手ぶらなんて御免だね。さっさと案内しろ!」



ふんぞり返って言う僕に名前が目を丸くしたあとで顔をしかめる。
しかし咎めることはせずに余り騒ぐなよ…とだけ小さく呟いて同行を許した。

僕に命令するな!と悪態をついてそのあとに続いていく。



「しかし猟師がこんなに若いなんて聞いてないぞ!僕はてっきり志村のじいさんのことだと思っていたのに」



「…あの人は俺の師匠だ。もちろん今も現役だが、近頃は俺が狩りに行っている」



僕はその言葉に揶揄するような笑みを浮かべてふん、と息をつく。



「お前みたいに若くて勤まるのか?見たところお前、二十歳くらいだろ?」



「…18だ」



僕はその言葉に軽く目を見開く。


僕と同い年かよこいつ。
そのわりには雰囲気は落ち着いているけど…。

まあ背が高いから年上に見えたんだろう。
腹立たしいことに。



「ふぅん。なら僕と同じか」



僕の言葉に名前があんたも?と言ってこちらを振り返る。
この辺には若者なんて余りいないから同い年の奴がいるなんて本当に稀だ。

僕は意外そうにこちらを見つめる名前を見てふん、と鼻を鳴らした。



「同い年の奴なんていたんだな。その割には見かけない顔だったけど。大体お前…」



「静かに」



僕の言葉を遮って名前が遥か前方をじっと見つめる。

それにむっとして文句を言おうと視線の先を見つめて、目を見開いた。
視線の先に蠢く巨体。

あれは…。



「おい!あれ猪か!?」



「声を落とせ。気付かれて暴れられたら厄介だ」



茂みから身を乗り出して近付こうとする僕を制止して名前が囁く。

猪は辺りを警戒するように耳をそばだててじっとしている。



「どうするんだあれ!結構でかいぞ!」



狩猟用のトラバサミにかかった猪は体長1.7メートルくらいはあろうかという大物だった。


なるほど、あれならどんな柵でも薙ぎ倒してしまうだろう。

興奮して声を荒げる僕に名前はシッ、と唇に人差し指を当てて肩にかけた猟銃をそっと下ろした。
慣れた様子で銃を構えて静かに狙いを定める。


静謐な空気に風さえも凪いでいた。

鋭い目が銃口の先の猪を狙う。
真っ直ぐな、切れそうなくらい研ぎ澄まされた視線だった。

僕は息をするのも忘れてその瞳に見いる。


空気が張りつめて震える。

それは一瞬だった。


ひゅっ、と名前が息を吸った次の瞬間銃口が弾ける。

鋭い音を置き去りにした銃弾は正確に猪の急所を撃ち抜いた。
断末魔の悲鳴すらあげずに、くたりと黒い巨体がその場に横たわる。

銃を下ろした名前がほう、と息を吐いて息絶えた猪を見つめた。



「終わった」



僕はその言葉に漸く覚醒してハッと顔をあげる。

急に心臓がばくばくと動悸し始めた。
張りつめていた空気が解放される。

一瞬だった。

静かな名前の視線があれを撃ち抜くのは。


惚けたまま名前を見つめる僕には気付かず、奴は猪に近付いていく。

そして傷付き横たわる猪の足からそっと罠をはずした。
その手つきはどこまでも優しく柔らかい。


名前は瞳を細めて猪を見つめる。
そして無言のままその腹をひと撫でした後で取り出したロープで猪の足を固く縛って肩に担いだ。

僕はその背中を後ろからじっと見つめる。


獲物を狙う名前の鋭い眼光が、目に焼き付いて離れなかった。










!!

(瞳に撃ち抜かれ)


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