「名前、起きろ」
自室の布団の中。
穏やかな眠りに身を委ねていた俺は突然呼ばれた自分の名前に意識を浮上させた。
微睡む瞳をこじ開けて体を起こす。
声のした方に視線を向けると半分ほど空いた襖の隙間から晃さんが顔を覗かせていた。
「…何」
何も言わない晃さんに俺はぼんやりとした頭で問いかける。
しかし彼はそのまま俺から視線を外すと台所の方へと去っていってしまった。
俺は眠気を振り払って布団から起き上がる。
一体なんだろうか。
普段は起こすことなんて互いにしない晃さんがわざわざ起こしに来たということは何か用事があるのだろうが…。
部屋を出て居間へ向かう。
すると玄関の方からけたたましい喚き声が聞こえてきた。
「おい名前ー!!さっさと来い!わざわざ来てやったのに何て奴だ!!」
…なるほど。
「少し静かにしてくれ」
寝起きなことも相まって少し疲れた声で玄関へ足を踏み入れれば俺に気付いた神代淳がパッとこちらを見つめた。
「あっ志村名前!お前僕を待たせるとはいい度胸だな。早く行くぞ!」
「は?ちょっと待て。どこに行くんだ」
俺が問い掛けると神代淳はそれなりによかった機嫌をあからさまに損ねたらしい。
怒気をこめた視線でこちらを睨みあげてくる。
「お前が僕を誘ったんじゃないか!」
「誘った…?」
俺は過去の記憶をつらつらと遡る。
俺は神代淳を何処かに誘ったりなんかしたか?
行きたいところもないはずだし。
最後にこいつに会ったのは確か一週間くらい前に比良境で…。
「…もしかして猟銃か?」
そういえば、前にこいつに銃の扱いを教えてやるって言ったんだった。
問い掛けた俺に対して神代淳が少し機嫌を直してふん、と息をつく。
「やっと思い出したか。その為にわざわざ僕が来てやったんだ。さっさと仕度しろ」
その言葉に俺は改めて自分の姿を見下ろす。
ああ、そういえばまだ部屋着のままだったな。
突然押し掛けてこられたのには驚いたが、今日は特に予定もないし構わないか。
「じゃあ少し待ってろ」
俺はそう言い残して部屋の方へと戻る。
手早く身支度を済まして再び玄関へ向かうと神代淳は大人しくその場で俺を待っていた。
てっきり勝手に上がり込んでいるものだと思っていたので少し意外だ。
「遅い」
こちらに気が付いた彼が唇を尖らせて俺を咎める。
それにすまん、とだけ小さく返して俺も外へ出た。
空は綺麗な日本晴れだ。
「で、どうするんだ。また狩りに行くのか?」
「いや、それは出来ない。粗戸市街に射撃場があるから、そこに行こう」
あそこなら俺も顔馴染みだし、有名な神代の顔も効くだろう。
親父さんには悪いが、少し目を瞑ってもらうしかない。
唇に笑みを乗せて神代淳に笑いかける。
すると彼はポカンとした顔をしたあとで素早く俺から顔を背けた。
「お前、意外と悪いんだな」
「少しくらいは良いだろう。まあ、あんたには負けるが」
その言葉に神代淳がじろりと俺を見つめる。
しかし俺と目が合うとふん、と息をついて口許に笑みを浮かべた。
どうやら無駄に突っかかるのはやめたらしい。
「お前が僕に勝てることなんて銃の扱い以外ありはしないな。射撃だってすぐに追い抜いてやる」
その言葉に俺はほう、と片眉を吊り上げてみせる。
何だかとても愉快な気持ちだった。
それは好きな銃が関わっているせいか、それともこの会話が楽しいのか。
「その言葉、忘れない」
挑発的に笑ってみせれば神代淳は面白いくらいに反応してみせる。
久し振りに心が踊るのを感じながら俺は市街地の方へと足を踏み出した。
ああ、
(本当に、久し振りだった)