※桃太郎がユウギリから離れず無事に真木さん達に保護されて、ヒノミヤはUSEI共々合衆国に帰還し、傷付き倒れた少佐は不二子さんに助けられた話。


「ご苦労だったね、アンディ・ヒノミヤ」
 局長のアラン・ウォルシュに案内されて訪れた、USEI局内のとある一室。
 そこには、スカウトされた際に出会った老人がいた。
 痛々しい傷跡が体に残る彼は、大きな書斎机の椅子にゆったりと腰掛けている。
 一礼をして部屋を出て行く局長は、何も言わなかった。どうして此処に連れて来られたのか理由を説明されないまま、扉の閉まる音だけが聞こえる。
 目の前でにこやかに微笑んでいる彼は、どうにも苦手だ。関わってはいけないと何かが警鐘を鳴らすのだ。
「自己紹介がまだだったかな。私は早乙女英治。改めてよろしく」
「あ、と…よろしくお願いします…」
 ぺこりと軽く頭を下げて、どうしたものか困惑していると、傍らのソファに座るよう促された。腰を下ろすと不自由な手で珈琲を淹れてもらい、もう一度礼をする。
 以前は局長も交えての会話だったため、緊張はしなかった。あの頃は初対面で不信感を抱いていたから、というのもあるだろう。
 けれど二人きりの空間に置かれて気付く。彼は普通の人間ではない。
 少しだけ、自身が裏切った男と似ている気がした。何処がと聞かれれば言葉に詰まるが、何処かが似ているのだ。

 そういえば、と、聞きたかったことがあったのだと思い出す。
「…早乙女さん」
「何かね?」
 珈琲を口に含んで喉の渇きを潤した。
 聞いてもいいものか少しばかり悩んだ。
「あなたはP.A.N.D.R.Aのリーダーと…兵部京介と、何か関わりが…?」
「どうして、そう思うんだい?」
「…あなたの声を聞いた兵部の様子がおかしかったので」
「なるほど」
 背もたれに身体を預けた老人は、遠い過去を懐かしむように虚空を眺める。まるで記憶のページを一枚ずつ捲っていくように。
「関わりはある。彼とは昔からの馴染みでね、よく知った仲だ」
「…そうなんですか」
 兵部京介の年齢を考えると、同じ時間を過ごしても、老化遺伝子を操作している兵部とは、見た目に大きな差がある。以前にも兵部と過去に関わりがあった人物がいたが、やはり歳相応の姿だった。
 ノーマルとエスパーの間には高い壁がある。兵部はエスパーの中でも例外と言えるが、ノーマルからすれば、彼等を同じ人間だと思いたくないのも無理はない。

 早乙女さんは書斎の引き出しから封筒を取り出して、こちらを向いた。
「実を言うと此処に来てもらったのは、君に頼みたいことがあってね」
「…?何ですか?」
 世間話のために呼ばれたわけではと理解していたが、まさか、また潜入捜査を行えと言うのだろうか。それならば少し時間が欲しい。まだ彼等に対して、心の整理がつかないから。
 けれど予想に反して頼み事は簡単なものだった。
「ちょっとした伝言を、届けてほしいんだ」
「伝言…?」
 言われて首を傾げた。今の時代に言伝を頼むとは珍しい。
 自分で動きたくても動けない体なのは分かるが、様々な伝達手段があるのに、わざわざ他人を呼んでまで伝言を頼むなんて。嫌だというわけではないけれど、ならば局長に頼めばいいのでは、と違和感を覚えた。
「というよりも私の意志を伝えてもらいたい。京介にね」
「…、…兵部に、ですか?何を伝える必要が…」
 ぐらりと歪んだ視界に、嫌な予感がした。
 手に持っていた珈琲カップが、床に落ちてガシャンと割れる。
 突如として全身を襲う倦怠感に、起きていられずソファに倒れ込んだ。
「京介は私の思った通り、随分と君に入れ込んでいるようだ。そんな君だからこそ意味がある」
 未だ話し続けている男の言葉は、音として耳に入ってくる。だけど言語として頭に入り、意味を理解するのは困難に近い。
 そういえば兵部にも同じようなことをされたなと、くだらない思い出が浮かんだ。
 ああ、また罠に嵌められたのか。
 ―――本当に君は馬鹿な男だな、ヒノミヤ。
 真っ暗な闇に飲まれる直前、憎たらしい声が名を呼んだ気がした。



*****



 多くの実験器具が置かれた部屋は白に染まっている。
 硝子越しにその室内を眺めながら、早乙女は部下の報告を聞いていた。
「P.A.N.D.R.Aの居場所は今だ不明です。発見は難しいかと」
「…いや、大方見当はついている」
「では…」
 器機の一つに繋がれたまま眠る青年へと男は視線を移す。
 色違いの瞳は固く閉ざされ、頭部に接続された器具から送り込まれる電流に対して微かに示す反応が、彼がまだ生きていると伝えていた。
 早乙女はそんな姿を見て憐れむどころか、実に喜ばしいことだと嗤った。
「そこに彼を送り込もう」
 いずれアレも同じ道を辿るのだと想像して、さらに笑みは深まる。

「…兵部京介。お前は私だけのものだ」

 執着のみで人の形を留めている亡霊は、ギリギリと硝子に爪を立てた。
 自分の手から擦り抜けた子供の顔を思い出し、さらに名前のない感情が溢れ出す。かつて大切に育てていた頃は、まだ名前があったのかもしれないけれど。今はその存在を手に入れる一点のみだけに囚われ続けている。
 愛があったかもしれない。
 情があったかもしれない。
 しかし全てが遠い昔の話だ。




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