揺れていた、揺らいでいた。
 このままずっとP.A.N.D.R.Aに居たいと思った。
 しかし自分は潜入捜査官であり、遅かれ早かれ知られることになる。P.A.N.D.R.Aを選んでも、USEIを選んでも。どちらを選んでも同じなのだ。裏切り者として始末されるに違いない。どちらからも。
 結局のところスパイとして潜り込んだ自分は、スパイとして去らなければならないのであって。
 もしも本当のことを話して、P.A.N.D.R.Aに居たいと言えば、彼等は受け入れてくれるのだろうか。いや、受け入れてはくれまい。
 何故なら今までがそうだったから。ノーマルにもエスパーにも嫌われ続け、居場所がないまま。こんな力なんていらなかったのに。
 ―――いいや、違うよ。
 ―――君の力は、この世に在っていいんだ。
 優しく頭を撫でてくれた彼は、力が必要だと言ってくれた。誰にもいらないと、誰にも必要ないと、思っていた、思われていた能力を。
 肯定の言葉はじんわりと心に染み込んでいった。
 そうして毒のように全身を駆け巡り、気付いた時には手を取っていて。
 認めてくれることが、必要としてくれることが、嬉しかった。
 たとえ、他人を裏切ることになっても。



*****



「ようやく起きたか」
「…、…兵部?…ここは?」
「君の部屋だ。覚えていないのかい、倒れたんだよ君は」
 俺が倒れただって?どうして?
 話を聞くためにベッドから起き上がろうとして、ズキリと頭に痛みが走った。起こそうとしていた身体は、もう一度、ベッドに深く沈む。
 触ってみると頭に包帯が巻かれているようだ。
「子供達の喧嘩を止めに入っただろう」
「…ああ、そういえばそんなことをしたような…」
「運悪く念動力で飛んできた家具が頭に当たったんだよ。頑丈だけが取り柄の君でも、流石に怪我を負って倒れたってわけさ」
 いやいや、どんな生き物でも頭に衝撃が加われば、倒れるに決まっているだろう。頑丈なのは関係ない。なんて反論したかったが、ズキズキと痛む頭に、文句を言う気力も出ない。
 すると兵部は頭に右手を翳した。
 ポウッと光る手に思わず身構える。
 今はリミッターをオンにしているから、能力を無効化できない。
「なっ、何する気だよ」
「安心しろ、傷の手当だ。君にはあまり効果がないが」
 そういえば兵部は生体コントロールが使えたのだな、と安堵の溜め息を吐いた。
 何かされるのではという不安は消えないが、痛みも和らいでいるので、とりあえずは身を任せる。
「便利だよなあ、実用的な能力があると」
「そうかい?この僕の力を不活性化させるんだぜ?君も便利だと思うけどね」
「俺の場合は対エスパーでしか使えないだろ。戦闘に役立つぐらいしかねぇよ」
 まあエスパーはどれも戦闘向きだろうけど、と呟くと、兵部の表情が曇った。
「それはノーマルから見れば、の話だろう」
 治癒の手が視界を覆って、何も見えなくなる。
 ひんやりとした掌が気持ち良くて、退ける気にはならなかった。
 いや、違う。直前に垣間見た、彼のあまりにも悲しそうな顔に、拒否してはいけないと思ったから、かもしれない。
 どうしてだろう、手を振り払ってはいけない気がしたのだ。
「エスパーだけの世界になれば、どんな力も、弱くても強くても、受け入れられる。誰一人としてノーマル共に利用されたりなんかしないんだ」
「………」
 兵部は自分自身に言い聞かせるように、そう言い放った。
 兵部京介の掲げる夢は素晴らしいと思う。けれどやはり賛同はできなかった。
 エスパーが認められる世界。ノーマルのいない世界。ノーマルとエスパーの隔たりが消えないまま、結局は力で捻じ伏せるのだ。どちらも人間に変わりないのに。
 こんなことを思う自分は、異端の能力を持つからなのだろうか。兵部の言っていることは、正しいのだろうか。自分の思っていることは、間違いなのだろうか。
「(だから俺は、半端者なんだろうな)」
 肯定もできず否定もできず、ただただ時間だけが過ぎていった。

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