犯罪組織P.A.N.D.R.Aへ潜入して数日が経った。
 幹部(特に藤浦葉)とは良好な関係を築いているし、他の者とも少なからず会話をしている。どの程度信用されているのかは分からないが、態度に変化もないことから、自分が合衆国USEIの捜査官だと気付かれてはいないはずだ。
 けれど、と夜空を見上げて思う。
 ―――兵部京介。P.A.N.D.R.Aのリーダー。彼はどうなのだろう。何を考えているのかさっぱり理解できない。
 たまに気紛れで振り回されては迷惑を被っているが、自分をどのような目で見ているのか。恐らくは気付かれていない。
 裏切り者の末路は死のみ、なのだから。
「何をやっているんだい、ヒノミヤ」
「うおっ!?」
 突如として眼前に表れた人物に驚き、体勢を崩して床に尻餅をつく。見上げると口元に笑みを浮かべた学ラン姿の男が宙に浮いていて。
「急に出てくるんじゃねぇよ!兵部!」
「呼び掛けを無視したのは君だろう、呆けているのが悪いんだよ」
 そう言って頭を拳でコツンと突かれた。
 子供の悪戯を叱るような扱いに(実際のところ兵部の年齢は自分の倍以上なのだが)悔しくて口を尖らせる。
 見た目が見た目なだけあって対等に接してしまうが、相手は真木さんよりも年上で、さらには組織のトップで。
 どうにも接し方が掴めず、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
「…おや?突っかかってこないのか?」
「血圧を上げてジジイに無茶させんのも悪ぃかなと思ってよ」
「へえ。そうだね、そうそう、年長者は敬うべきだ」
「分かってんじゃねぇかジ…」
「でも僕を年寄り扱いするのは敬意を払っていると言うのかな」
「いっ、いでででで!」
 ぎりぎりと超能力で腕を締め付けられて思わず声を上げる。
 今はリミッターをオンにしているから防げない。両腕に何かが巻き付いているような感覚に思わず顔を顰めた。
 ピクリとも手を動かせない自分の背後に回った兵部は、少しだけ背伸びをして、耳元に口を近付ける。

「気をつけろよ、隙を見せすぎだ」
「…!」

 その言葉に背筋が凍るような何かを感じ、慌てて体を捻り兵部から離れた。
 月影によって表情が見えない。だから今、兵部京介が何を思っているのか、読み取ることはできない。
「そんなに怯えるな」
「っ、誰が…!怯えてねぇよ!」
 聞こえるのは波の音と笑い声だけで、それが余計に、兵部京介という男の不気味さを際立たせる。
 知ってはならない領域があるのだと実感するのだ。底知れぬ闇を垣間見て息が詰まりそうになり、ごくりと唾を飲み込む。

「……本当に、お前はからかい甲斐があるなあ」

 ポツリとだけ呟いた兵部はテレポートを使い、一瞬にして目の前から消えた。
 いつの間にか両腕の拘束は解かれ、体に自由が戻ってくる。
 けれどその場から動けず、石のように体は固まっていた。
 何をしに来たのだろうか。疑問だけが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
 心を見透かされているような態度に、背中を冷や汗が伝った。まさか気付かれたわけではあるまい。
 暗がりの中で見えた嘲笑うような憐れむような兵部の表情。あれは何だったのか。
 わけが分からぬまま、朝日はもう上ろうとしていた。

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