※アイチではなく櫂くんがPSYクオリアに目覚めて闇堕ちした話


まるで水底にいるような冷たい声が会場に響き渡り、対戦相手の顔が苦痛に歪んだ。それを嘲笑う彼は、今までに見たことのない、歓喜に満ちた表情を浮かべて告げる。放たれた強大なオーラは観客にもイメージを与え、あまりの恐ろしさに悲鳴を上げる人もいる程だ。圧倒的な力で全てを薙ぎ倒す。二度と立ち上がらぬよう、二度とヴァンガードをせぬように。心をズタズタにしてもまだ足りないと言った。恥も外聞もかなぐり捨てて、それでも飽き足らない。力の前にひれ伏すまで繰り返される戦い。見ていられないと目を逸らした。違う。こんなファイトを望んでいたはずではないのに。


「ふ、ははは!あっはははははははは!」


高らかな笑い声はファイトを楽しんでいるのではない、相手を侮蔑し嘲笑する声だ。会場は恐怖に静まり返る。


「精々後悔するんだな、この俺に挑むことがどういうことか」


対戦相手は声を引き攣らせて座り込んだ。眼前にいる人物がまるで化物かのように体を震わせ、腰を抜かしたまま後退る。敗北しても死は訪れない。なのに攻撃を受けた瞬間、命の時計が針を止めてしまうと。そう告げるかのように、デッキもそのままに男は会場から逃げ出した。


「櫂くん!」
「…アイチか、何だ」
「何だじゃねぇだろ櫂!今のファイト、ふざけてんのか!」
「騒ぐな葛木、静かにしろ。…用がないなら俺に話しかけるな」


鬱陶しげに乱れた髪を直して彼は控え室へと歩き出した。僕達を視界に入れず、僕達がいる場所ではない、もっと遠くの彼方に。いなくなってしまうのが怖くて、思わず腕を掴んだ。離せとばかりに睨まれ、涙が零れ落ちそうになるのを必死に堪える。行かせてはいけないと強く強く思った。だって理由を知ってしまったから。異常なまでに力を求めることへの理由を。


「櫂」
「ああ、今行く」


抵抗する間もなくするりと僕の手から離れ、彼は旧友の元へと寄り添うように歩いて行く。雀ヶ森レンさん。フーファイターの頂点に君臨する人物にして彼の友達。三和くんとはまた違う、互いが互いに執着する、友達とも言い難い存在だ。彼は僕達のチームQ4を離れた後、レンさんがリーダーであるチームAL4のメンバーとして加わった。全国大会を優勝する程の力の持ち主。当たり前と言えば当たり前だ。櫂くんはAL4にいる方が相応しいと思う。


「久し振りですね、アイチくん」
「…お久し振りです」
「………」


ぎこちない笑顔を浮かべて挨拶をする。その様子を見て何を思ったのかは分からないが、レンさんは先に行ってくださいと櫂くんに言った。そして姿が見えなくなったことを確認した後、こちらに向き直る。


「僕に話したいコト、あるよね?何かな?」
「…あの、レンさんは今のままで、…今の櫂くんのままで、いいんですか?」


ずっと疑問に思っていた、たった一つのこと。櫂くんの友達であるならば以前と違う彼に何かしら思うはずだ。今の櫂くんは勝利だけに執着している。間違っていると思う。止めなきゃと思う。カムイくんもミサキさんも、三和くんもそう思っている。けれどレンさんは少し考える素振りを見せた後、にこりと微笑んで僕達とは違う答えを出した。


「構わないですよ」
「っ、そんな…、だって櫂くんは、」
「僕にとってはね、どうでもいいことなんです。櫂がファイトに対してどんな価値を見出しても。櫂がずっとずっと僕の傍にいてくれるのなら。例え櫂の人格が変わっても、相手に酷いことをしても、ね」


くすくすと嘲笑うレンさんに、今の櫂くんが重なって見えた。そして同じだと気付く。二人は性格こそ違えど同じなのだ。勝利しか見ていない。互いに互いしか興味が無い。じゃあねと控え室に戻っていく彼に何も言えなかった。言葉では通じない。説得してどうにかなるものではない。瞬時に理解した。そして手に持つデッキをぎゅっと握り締める。ヴァンガードファイトで彼等に勝つことが、櫂くんを、レンさんを、変える唯一の方法なのだ。


「…勝つよ、僕…必ず…」


小さな呟きは誰にも聞こえることはなかった。

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