空一面に灰色の雲が敷き詰められていて、遠くからは雷の音が聞こえる。朝に見た天気予報では快晴と言われていたのに、何とも残念な気持ちだ。変わりやすい季節とは言え、こうも日の光がないと気分も沈んでしまう。今日は久し振りに昼は外で食べようと考えていたのに。仕方ないかとこっそり溜め息を吐いた。と、同時にとんとんと肩を叩かれた。振り返ると同じクラスの友人である音也くんと真斗くん、友千香ちゃんが後ろにいて。


「おはよ…って、あれ?」
「どうしたの七海、元気ないね?」
「顔色は悪くないようだが、何かあったか?」


おはようの挨拶と同時に元気がないことを見抜いた彼等に驚いた。柔らかい笑顔を浮かべる彼もそうだが、早乙女学園で出来た友達はみんな優しい。些細な変化に気付いてくれる。嬉しくて思わず笑みが零れた。


「ちょっとちょっと、どうして笑ってんのさ」
「…い、いえ、私の友達は凄いなって」


内容を知らない三人は頭の上にクエスチョンマークを浮かべそうな顔をしている。それがさらに面白くて、込み上げてくる笑いが抑えられなくなった。


「まさか笑い茸を食べたのではあるまいな」
「マサやん、それはネタで言っているのよね?」
「マサは本気で言っているような…っと、おーい那月!」


音也くんの呼び掛けた先にはちょうど教室に入ってきた那月くんの姿があった。こちらに気付いた彼は、ふわりとした笑顔を浮かべて手を振る。ちょっと恥ずかしいなと思いつつ、私も小さく手を振り返した。那月くんの見せる笑顔は温かくて、陽だまりの中にいるみたいで、とっても癒される。自然と動きを目で追ってしまう程に。けれど、瞬間、違和感があった。普段通りのはずなのに。何処かが、違うような。


「おはようございます、ハルちゃん」
「………あ、おはようございます」
「?」


明らかな戸惑いを見せてしまい、彼は不思議そうに首を傾げた。


「ごめんね那月、ちょっと今日の春歌はおかしくてさ」
「そうなんですか?どうしたの、具合でも悪いの?」
「いえっ、そんなことはないです!」


気持ちが晴れないだけで、決して体調が悪いわけではない。顔を覗き込んでくる那月くんを直視出来なくて思わず目を逸らした。自分の顔が赤くなるのが分かる。風邪をひいているのではないかと言われそうだ。ただ恥ずかしいだけなのに。けれど予想に反して彼は大丈夫そうですね、と言って私の頭を撫でるだけだった。またもや違和感が残る。どうしてだろう、背を向けた那月くんに自然と問いかけた。


「…砂月くん?」


口から出てきた言葉に一瞬遅れて、しまったと後悔する。近くにいた三人が慌てた様子でこちらを見た。ちょっと七海、何言ってるの。友千香ちゃんの声には出さない声が聞こえて、どう弁解しようかと必死に文章を組み立てていたのだが。振り返った那月くんの表情は那月くんではなかった。予感が的中したことに安堵の溜め息を吐く。もしも那月くんならば砂月くんとは誰かと模索するだろう。ようやく二重人格かという疑いを晴らしたばかりなのに。眼鏡を外した砂月くんは不機嫌さを顕にして私の前に立った。


「…どうして分かった」
「何となく、そうかなって」


明確な理由があるわけではない。雰囲気や仕草が異なっている気がしただけなのだ。


「那月くんはどうしたんですか?」
「徹夜で料理を作っていて、まだ寝ている」
「じゃあ代わりに授業を受けに来てくれたんですね」
「………」


そうであるはずなのに、そうだとは答えず砂月くんは席に着いた。目を丸くしていた三人も林檎先生がやって来たのを見て、自分の席に戻っていった。それからは授業に集中していたため、彼自身が何をしているのかは分からなかった。けれど真面目に授業を受けていたようだ。
午前の授業が終わり昼休みになった頃、いつの間にか空は雲も消えて晴れ晴れとしていた。いつの間にか居眠りをしていたようで、チャイムの音に起きた彼は、那月くんに戻っていた。


「あれれ?僕、いつの間に来たんだっけ?」
「おはようございます、那月くん」
「あ、ハルちゃんおはよう」


教室に来た記憶はないものの特に疑問に思わず、那月くんはにこりと笑顔で挨拶を返してくれた。そうして時刻を見て、あ、と思い出したように鞄から大きな弁当箱を取り出す。


「そういえば天気予報で今日は晴れだって聞いて、お弁当を作ってきたんですよぉ」


嫌な予感がする、とその場にいた誰もが思った。


「もちろんみんなの分も作ってきました」


悪意のない表情だからこそ性質が悪い。なるほど寝坊の理由はこれだろう。確かに那月くんが友達を思って作ってくれたのだから感謝はしたい。けれど食べるのと引き換えに、命の危険が伴うのだ。那月くんの作る料理は個性的で、食べた者を失神させる程の味がある。比喩ではなく本当に。
苦笑いを浮かべつつどう断ろうとそれぞれが思案するも時既に遅し。屈託のない笑みで那月くんは四人を中庭へと引っ張っていった。教室にいたクラスメイトは祈る。どうか彼等が無事であるようにと。こうなれば覚悟を決めるしかあるまい。それぞれが手渡された弁当を口に運んだ。


「…あれ…美味しい?」
「おー、やれば出来るじゃん那月」
「このピヨちゃんを模した玉子焼きの味、なかなかいいな」


美味しいと口に運ぶ三人を嬉しそうに見て、那月くんもお弁当を食べ始めた。しかしその手がすぐにピタリと止まり、彼はあれれと戸惑った様子を浮かべたのだ。


「どうかしましたか?」
「僕が作ったのと、違うんです」


隣できょとんと首を傾げた那月くんは、他にも自身が作ったであろう料理を食べる。けれどやはり味が異なるらしい。そういえばと思い出す、砂月くんが徹夜をした彼の代わりに支度して来たのなら。弁当も用意していたのかもしれない。基本的なことは那月くんが、最後の仕上げは砂月くんが。あり得ないことではない。砂月くんもまた、那月くんなのだから。


「きっと眠かったので分量を間違ったんですよ」
「…そうなのかなぁ」
「みんな美味しいと食べてくれているので、いいんじゃないでしょうか」
「…ハルちゃんが言うなら、うん、…そうだね」


本当のことは彼に聞かなければ分からないし、例え聞いても答えてはくれないだろう。


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那月の気付かぬところでフォローしている砂月が可愛いです。

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