いつもいつもうるさく纏わりついて、人の話を聞きやしない。二言目には翔ちゃん可愛いなんて言いやがる。確かに年は二つ下だが、もう子供ではないし自分は男だ。可愛いと言われて喜ぶはずがない。ぬいぐるみや人形を愛でるように接されて、嬉しいはずがないだろう。しかしながら本人は無自覚で、さらに心は繊細で傷付きやすい。純粋無垢という言葉を形にしたような奴だ。だからきつい態度で当たるのも、苛めてしまった気分になって嫌だ。四ノ宮那月という男は非常に面倒臭い。まあ、愚痴を言いながら友達をやめないのは、自分自身もあいつを友達だと思っているからだろうけど。いつまでも馬鹿みたいに騒いでいられると、思っていた。


「朝飯はテーブルに置いておくから」
「…うん、ありがとう」


ソファに腰掛けたまま那月は顔を向けず、ただ返事だけをした。もうすぐ授業開始時間となるが動く気配はない。また休むのだろうか。部屋を出る前に一度だけ様子を窺い、いってくると告げる。


「またシノミーのことかい?」
「………」


人がいないことを確認して机に腰掛けたレンは、大変だな、と外の景色を眺めながら呟いた。聖川に話を聞いているのだろう、何も言ってはこない。ただその場に座っているだけで。けれどそれだけで、今の自分には十分だった。


「オレはシノミーの笑った顔が好きなんだけどさ」


だから見ることが出来ないのは残念、とだけ言い残して、レンは用事があるからと教室を出て行った。俺とて同じだ。那月の無邪気な笑顔に何度も救われた。もちろん腹が立った時もある。どうして笑っていられるんだ、って。だけど今はとても愛おしい。
もう一人の自分を失ったあの日以来、那月は笑顔を失った。仕方がないと言えば仕方がない話だ。理解し支えてくれていた存在が消えたのだから。春歌が言うには那月と一つになったそうだ。個ではなくなったから話など出来ない。耐えがたい苦痛にあいつは心を閉ざした。しばらくは酷い有様だった。部屋に引き籠って何日も食事をしないで、ひたすら眠りに落ちる。心の中で探しているらしい。無理なことだと分かっているはずなのに。


「お帰りなさい」
「おう」


あれから何故か那月は料理が上達して、今や食堂を利用せずとも、美味しく食べることが出来るようになった。けれどどんなに声色が明るくても、表情だけは変わらない。おっさん曰く、過度の精神的ショックで笑顔を浮かべる方法が分からなくなってしまったそうだ。笑おうと努力しているらしいが、努力すればする程、余計に分からなくなる。そもそも笑うという行為は自然に得るものだ。努力なんて関係ない。


「今日はカルボナーラを作ってみたんですよぉ」
「…うん、おいしいな」


以前とは比べモノにならない程、料理も上達した。奇々怪々な味ではなく誰が食べても美味しいと言えるだろう味だ。皆に殺人料理と言わしめ、口に運べば気絶する刺激的なものではない。なのに、寂しいと感じてしまう。那月は人間なのだから成長して当たり前だ。変わらないことなんてない。けれど悪い意味での理由があるからこそ、全ての変化に戸惑ってしまう。


「…なあ、外に散歩に行かねぇか」
「…、…僕は遠慮します」
「いいから、行こう」


半ば強引に那月を寮から連れ出して、静かな森を無言で歩いていく。行先は決めていない。ただ気分転換になれば、と腕を引っ張った。夜空には光り輝く星々が浮かんでいて、電灯もない道を月明かりだけを頼りにして進んだ。那月は何も言わずに付いて来る。もどかしい。今まで散々人に引っ付いてきたくせに、話し掛けることすら躊躇うのだ。いや、元々はこういう性格で、砂月が負の感情を背負っていたからこそ、気にしなかっただけなのだろうか。あいつは言った、那月は繊細で臆病な人間だと。こうなってみてよく分かる。人懐っこい笑顔を見せていても他人と一線引いた場所にいるのだ。だからこそ、手を伸ばしても逃げられてしまう。あちらから手を差し出すようにしなければならないのだ。そんな方法、知っていれば苦労はしないが。


「翔ちゃん!」


ぼうっとしていた自分を呼ぶ、あいつにしては珍しい酷く焦った声が聞こえた。瞬間、体が宙に投げ出される感覚が自分を襲う。そうして次に、身体全体に痛みが走った。何が起こったと理解するよりも先に、顔を歪めた那月の姿が視界に映る。


「…っに、してんだ!?ボケッとしやがって、危うく落ちるとこだったんだぞ!?」


よくよく見れば自分が進もうとしていた先は崖になっていて、那月が引き止めなければ数メートル下に落ちていただろう。荒々しい口調で怒鳴る那月は、まるで砂月のようだ。いや、砂月も元は那月の一部だから、どんな姿も四ノ宮那月であることに変わりはないだろうが。それにしても、と翔は一人思う。彼の表情らしい表情を久し振りに見た。理由はどうであれ、笑顔ではなくとも心によって作られた顔だ。


「ははっ」
「…?どうして笑ってるの?」
「…だって、お前、…んな必死な顔して…!」


既に無表情に戻ってはいたけれど、あんなにも激昂した那月を見るのは初めてで。思い出しては笑いが込み上げてくる。だってそうだろう。ようやく四ノ宮那月を見ることが出来たのに、それを見ることが出来たのは不甲斐無い自分の結果だ。あれほどまでに思い悩んでいたのが馬鹿らしくなってくる。


「あのさ、那月」
「何ですか?」


焦らなくてもいいのだ、癒えない傷はない。治す力は砂月に受け取っているのだから。


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人形病ななっちゃんを書きたいだけだったのにどうしてこうなった。

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