人間は、信用するな。それが父さんに教えられた頂点に立つ者の絶対条件だった。信じるのは己のみ。誰にも頼ってはいけない。家族であろうと、部下であろうと。自分だけで全てをこなす。そうして今まで生きてきた。淀んだ世界の空気は胸を圧迫する。枷に縛り付けられた体は悲鳴を上げる。苦しい。まるで真っ暗な海の中にいるみたいだ。このまま沈んでいけば、楽になれるのか。もしくは果てしない苦しみが待っているのか。ゴポゴポと酸素がなくなって、意識が遠のいていく。飲まれる、と覚悟した時だった。誰かが腕を掴んだ。ぎゅっと力強く握られ、徐々に意識がハッキリとしてくる。その誰かは物凄い速さで上へ、上へと俺を引っ張っていった。人間であるはずなのに、人魚のように速い。速い。どんどん視界が明るくなってくる。光り輝く太陽が見えて、眩しさに目を細めた。けれどまだ俺を連れて行く誰かは見えない。誰、君は誰だ。


「…ぷはっ!」


そうこうしているうちに海面に辿り着き、ようやく俺は空気を吸った。今まで吸ってきたあの空気じゃない。とても綺麗な空気だ。


「お前は一人じゃないだろう」
「え?」


誰かはにこりと微笑んで、濡れている頭を撫でた。おかしいな。こんなに近くにいるのに顔が見えない。でも、ああ、理解することが出来た。俺は一人じゃない。傍に誰かがいるのだ。人間じゃないかもしれないけれど。俺には、彼女が。

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