「討伐…だと!?」


ヴォルフラムは目を剥いて声を荒げた。執務室にいるのは俺と、ヴォルフラム、グゥエンダル、ギュンター、ヨザック、そして猊下の6人だ。全員が重苦しい空気の中で、猊下の声に耳を傾ける。否、重苦しいのはこの部屋だけではない。ここ数年間ずっと血盟城は静寂に支配されていた。彼が変わってしまったから。


「僕にはっ…できないっ、そんなこと」
「君の気持ちは分かる、けれど理解してくれ」


綿々を絶たずんば蔓々を若何せん、なんだよと猊下は続ける。災いは芽のうちに摘み取るというわけか。いかにも眞王が考えそうなことだ。


「もうすぐ彼はここに来るだろう」
「!」


猊下は執務室の窓を開け放った。冷たく氷のような風がひゅう、と入ってきて、思わず息を呑む。こんなにも遠くにいるのに、貴方の気配はまるで隣に寄り添うかのように近いなんて。


「いや、ごめんね、もうすぐじゃ無かった」


あまりにも今の状況と反比例している、猊下の冷静なまでの声が部屋中に響いた。幼い面立ちなのに、眼鏡の奥に輝いている漆黒の瞳は、まるで別人のように何もかも見透かしているようだ、なんて、そんなことを愚かにも考えてしまった。考え事なんてしている暇など無いのに。


「コンラート!」
「陛下!」


ヴォルフラムとギュンター、二人の声が同時に耳に入ってくる。だがその声を聞き終わる前に、ひやりと喉元に冷たい空気が押し当てられたのを感じ、素早く身を屈めてそれを避けた。全ては二人が声を発した数瞬の出来事。だがあまりにも突然の出来事で、誰も身体を動かすことができなかった。できたのは避けた俺くらい。


「へ、いか…?」


掠れた声でそう尋ねると、猊下と同じ漆黒の闇を持つ彼は、ただにこりと微笑んだ。まるで無垢な子供のように。嗚呼、その表情だけなら素直に「お帰り」と言って抱きしめてあげられた。けれど纏うマントは深紅の血で汚れ、そして手にまでも今まで彼がしていたことを物語っている。変わってしまった、いいや、飲み込まれてしまったんですね、狂気に。


「久しぶりだね、渋谷」


彼に会うのは十年ぶりくらいだ。だが様相はいなくなった時のまま、ちっとも成長していない。変わったのは心、否、消えたんだ。創主の影響で。


「久しぶり、みんな」


変わらない笑顔、変わったのは心、違う。貴方はいつでも望んでいた。辿る道は違くても真の平和を得るために、成せばならない事を。あの時のように取り戻せたら良いのでしょうけれど。


『約束だよ』
――ええ、貴方との約束ですよね。
『これはずっと覚えておいて』
――覚えていますよ、貴方が覚えていなかろうとも。それが貴方からの遺言ですから。世界を護るための。だからずっと守っていたんです。この日まで、そしてこれからも。


「始めようか、人間」
「人間ではありません、名はウェラー卿コンラート…、貴方に忠誠を誓ったものです」


『ありがとう』


彼の声が、聞こえた気がした。


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もし創主にユーリが飲み込まれたら、という話。

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