とてもとても大切な、麦藁帽子。宝物だというそれを被る男は、ひどく眩しかった。信頼した奴以外は、絶対に触れることを許さない。あいつにしては珍しい。執着という言葉がそれに関してはあった。赤髪のシャンクス。ルフィの命の恩人。それ以外はまったく知らない。一度も会った事がないし、親父が赤髪海賊団に入ったことすら、ルフィに教えられたのだ。けれど一つだけ、確実に分かることがある。そいつは、俺達を惹きつけてならない船長を、惹きつける男なのだと。 「ルフィ」 「ん、どうした?」 いつものように船首に座り、海を眺めたままルフィは返事をした。麦藁帽子が海風に飛ばされぬよう、大事に大事に押さえて。 「シャンクスって奴に会ったら、その麦藁帽子を返すんだよな」 「そうだなぁ、海賊になってこれを返しに行くって約束したし」 「じゃあ二つ名の"麦わら"は、なくなっちまうのか」 「………」 手元にあるそれをじっと見つめ、この海の何処かにいる男へ思いを馳せる。そして太陽のような存在である彼に、影が差すのだ。重たくてずっしりとした、傍にいる自分すらも引き摺られそうなものが。恐らく気付いているのは、自分だけではないはず。少なくとも、船に乗るみんなは。 「俺さ、」 ルフィは振り向き、そっと笑う。ただただ静かに。一瞬で消えそうな程、儚くて脆い。普段の彼からは、想像ができないような。そんな微笑みだった。 「分からねぇ」 「……何が、だ?」 「シャンクスに会っちまったら、多分、みんなのこと見捨てちまうかも」 「ばっ、馬鹿を言うんじゃねぇよ!お前は俺達の、麦わら海賊団の船長だぞ!?」 まるで冗談に聞こえなくて、思わず声を荒げていた。目の前にいるのは俺なのに、赤髪しか瞳に映っていない彼が、どうしようもなく怖くて。本当にこいつは俺達を見捨てるのではないか。本当に赤髪について行ってしまうのではないか。不安でしょうがなかった。夢だけを追いかけていた彼は、何処に行ってしまったんだ。どうして。どうしてだ。 「ふざけんなよ、ルフィ」 「ふざけてなんかねぇ、だからお前に話したんだ」 麦藁帽子を目深に被って、表情を見せぬよう俯く。 「俺はきっと正気じゃなくなるから、だからそん時はどんなことをしても止めてくれ」 「どんなことをしてもってよぉ…、それでも駄目だったらどうするんだよ!?」 「そうしたら、殺してくれ」 次に見せた笑顔は、恐ろしいほど残酷で綺麗だった。 - - - - - うちの船長と赤髪は互いにすごく執着しています |