※来神時代


――ああ、最悪だ。
木が生い茂る薄暗い森の中、静雄は心の中で溜め息を吐く。今日は厄日だな、と。そもそもの原因は彼が世界で一番嫌いな男、折原臨也にもあるのだが、彼は自身にも非があると分かっていた。だからこうして大人しく、臨也に背負われているのだが。

事の発端は一昨日からの修学旅行。旅行先でも相変わらずな静雄と臨也は、よりにもよって山中で喧嘩をしていた。どうして山なのかというと、彼等が宿泊したホテルが山の頂にあったのだ。絶景を楽しめるということで各地から観光客が泊まりに来る、巷では有名なホテルなのだが、近辺は急斜面が多い。それを利用して臨也は静雄に怪我を負わせようとしたようだ。
身軽な動きで逃げ回る臨也とは対照的に、静雄はただがむしゃらに追いかけていた。そして地面を蹴り上げた瞬間、その圧倒的な力に耐え切れなかった地面は崩れ、静雄は崖から落ちたのだ。幸いなことに静雄が特殊な体質であり、木がクッションとなったことで命に別状はなかった。しかし流石の彼も両足を負傷してしまい、まともに歩けなくなっていたのだ。喧嘩に巻き込まれぬよう新羅は傍にいなかったし、携帯電話は圏外である。さてどうしようかと考えていた時、意外な人物がやって来た。


『手前、何しに来た』
『…君の巻き添えになったんだよ』


制服がボロボロになっている臨也を見ながら、静雄は嘘付けと呟く。人間からかけ離れた身体を持つ静雄とは違って、臨也は普通の人間だ。あの高さから落ちて無事な筈がない。


『何だいその顔は?もしかして怪我一つしてない俺が不思議?そりゃそうだろうねぇ、化け物のシズちゃんが両足動かせないのに、ただの人間の俺はピンピンしてるんだから』
『どうせ落ちてねぇんだろ、とりあえず殺すからこっちに来やがれ』
『馬鹿な君と違ってね、俺は途中で木の枝に引っかかったのさ』
『いやそれ馬鹿は関係ねぇから、というか人の話を聞けよ』


徐々に怒りが込み上げてくる静雄だったが、自分など放っておいて臨也は何処かへ行くだろう。そう思って我慢をしていた。しかし臨也の口から思いも寄らぬ言葉が飛び出したのだ。


『…シズちゃん、ほら』
『あぁ?何やってんだ?』
『負ぶるから、早く乗って』


*****


ぽつりと頬を伝う水滴を手で拭い、静雄は空を見上げた。木々の隙間から見えた空は灰色に染まっていて、徐々に雨が降ってくる。先程からずっと身体が火照っていて、とても暑かった。だからひんやりとした雨水は気持ちが良い。びしょ濡れになってもいいと思う程に。


「ちょっとさぁ、後ろに体重かけないでくれない?」
「………」


もっとも臨也の背に負ぶわれていなければ、の話だが。


「何処か雨宿り出来るとこないかなー」
「おい臨也、あっちに歩け」
「えー、…っ!?」


きょろきょろと辺りを見回す臨也の背後で、静雄はある場所を指差す。けれどそれを視界に入れた瞬間、何をするつもりなのか理解したのだろう。らしくもない青い顔をして、臨也は踵を返す。


「馬鹿もそこまでとはね」
「ンだと手前」
「いくら君が岩肌を壊せてもね、崩れたらどうするの」


どうやら静雄は持ち前の馬鹿力で、高く聳え立った山に穴を開けようとしたらしい。洞窟を作れるのは有難いが、もしかしたら衝撃で崩れ、最悪生き埋めになってしまうだろう。とことこと元来た道を歩きながら、臨也はぶるりと身体を震わせる。だから脳味噌筋肉族は面倒臭いのだ。何でも力任せにするから、と。


「おい降ろせ」
「えぇ?今度は何?」
「いいから降ろせって言ってんだノミ蟲!」
「ちょっ、暴れないでよ!分かったからもう!」


突然じたばたと暴れだした静雄に、訳も分からぬまま臨也は木の傍にそっと彼を降ろした。


「どうしたの?」
「………」
「?」


首を傾げる臨也の胸倉を掴んで、静雄は思いっきり自分の方に引き寄せる。ゴンッ、と額がぶつかった音がして、臨也はあまりの痛さに思わず涙を零した。静雄の頑丈すぎる身体は時に触れただけ、ぶつかっただけでも強烈な痛みを相手に与える。いくら毎日喧嘩をしている臨也とて、その衝撃で一瞬意識が飛んだらしい。数秒遅れて痛みがやって来たようだ。


「いってぇ…」
「手前、いつからだ」
「痛いなぁ、何のこと?」
「いつからこんなに熱出してやがった」


え、と臨也は自身の異変にようやく気付いた。言われてみればそうだ。頭はくらくらするし、悪寒はするし、何だか自分でも妙な行動を取っているような。


「あははー」
「笑い事じゃねぇよ」
「道理でシズちゃんを助けるなんて、馬鹿なことしたんだねぇ」
「今度風邪引いたら絶対に俺の前に現れるなよ」
「えぇー、どうして?」
「気色悪ぃから」
「酷いなぁ」


熱があると気付いた途端、身体が不調を訴え始めたようだ。ふらふらとしている臨也を支え、静雄は上着を地面に敷き、横に寝かせる。足が動けばどうとでもなったのに。畜生、と歯を食いしばる。どんなに嫌っている奴でも、此処まで背負ってきてくれたのだ。それなのに自分は立ち上がり、歩くことすら出来ない。いつもは自分の意思に反して、勝手に暴れるくせに。
と、苛立ちを募らせていく静雄の腕を、臨也の弱々しい手が掴んだ。


「ねぇねぇ」
「何だよ」
「好き」
「………………は?」


突然とんでもないことを言い出した臨也に、静雄は体の動きを停止させる。つい直前までの気持ちも何もかもが、一瞬にして消え去った。そして次に湧いてきたのは、告白されたことによる羞恥心。


「シズちゃん、ラブ!俺はシズちゃんが好きだ!愛してる!」
「なっ…、何を言い出しやがるんだ手前!」
「あれ?シズちゃん顔が赤いよ?」
「黙れぇええぇぇえ!」


面と向かって告白されるのが初めてだった静雄は、かぁっと顔が真っ赤に染まった。思わず手で覆うも、臨也は見ていたらしい。けらけらと大笑いをして、腹を抱えた。いつもなら迷わず静雄の鉄拳が飛ぶだろうが、彼自身、困惑していて何がどうなっているのか分からないようだ。慌てふためく静雄は“穴があったら入りたい”という言葉通り、その拳を地面に叩きつけて巨大な穴を作った。そしてすぐさまその中に入り、体育座りをして顔を覆い隠す。一方の臨也は、最早正気を保っているのかどうか。静雄の行動の一つ一つに笑い、愛の言葉を叫んでいた。


*****


「ねぇ門田くん、どうすればいいと思う?」
「……とりあえず先生を呼ぶか」


二人を探しに来た門田と新羅が傍で見ていることに気付かず、教師等が来るまでそれは続いていたという。その後、熱が下がり正気に戻った臨也は己の行動を後悔し、静雄は原因不明の病で一週間学校を休んだ。治ってからも二人はぎくしゃくした関係が続いたらしいが、それはまた別の話。


- - - - -
怪獣のバラードのかつねさんに相互記念として捧げます。
「遭難した臨静」ということでしたが、これは遭難して…いる…のでしょうか…。
ちなみに臨也は熱が出る、もしくは酔っ払うと本音が出てしまう設定です。
行動にもそれが現れます。
両足を負傷した静雄のところにやって来た時、既に風邪を引いていました。
なので助けに来たのです。
いや風邪を引いていなくとも、ドタチンとかに言って静雄を助けに行ってもらうのですが…。
補足がないと分かりにくいですね、申し訳ありません。
本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -