※地球滅亡前


数時間後に世界は滅びる。
けれど、俺の日常は変わらなかった。


「何処に逃げても無駄だって、知っている筈なんだけどな」


渋滞に巻き込まれた車が鳴らすクラクションが街中に響く。高層ビルの屋上から世界を見渡すと、人間達の様子が手に取るように分かった。世界滅亡の危機を迎えた、という設定の映画でよく見る反応。それが実際に目の前で繰り広げられ、僅かながら人に失望の念を抱いた。此処に化け物がいれば、どんな動きを見せてくれるのだろう。ぼんやりと都市伝説の首無しライダーや、妖刀を持つ少女を思い出した。けれど彼女等もどちらかと言えば人間側である。


「新羅はセルティ、波江は弟、帝人君は来良の子達と一緒か」


望遠鏡で街中を覗きつつ、見知った者達が今日をどう過ごすかを考える。ドタチンはいつもの奴等と露西亜寿司に行って、サイモンも相変わらず店の勧誘。こんな時でも彼等は変わらず、日常を満喫している。


「……アイツは何してるんだろ」


唯一思い通りにならない男、平和島静雄は、一体何をしてるのか。情報屋の自分でさえ、全てを知ることは出来なかった人間。人間だと認めたくない人間。しかし予想の斜め上を行く奴でも、毎日の行動を見れば大体分かる。どうせ上司と取立てでもしてるか、ファーストフード店で飯でも食っているか、弟に会いに行っているかのどれかの筈。
なのに、やはりと言うべきか、彼だけは違った。


「おいノミ蟲」


背後からの聞き慣れた声は、ちょうど今、考えていた奴のもので。恐る恐る振り返ると、これまた見慣れたバーテン服にサングラス、そして軽々と標識を担いで、扉の前に彼は立っていた。


「……シ、ズちゃん」


世界滅亡まであと数時間。
けれど、彼の日常は予想を覆すものだった。

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