かくれんぼ

 僕の初めての相手は、物心ついたときから一緒にいる幼馴染みだった。
 幼馴染みといっても彼は僕よりも6つほど年上で、男の人だ。初めてといってもセックスのことではなくて、自慰のことだ。
 その日僕は見た。見てしまった。薄暗くなった部屋の中で、艶めかしく跳ねる彼の姿態。白く仄かに浮き上がる白い肌。聞いたことも無いような声をあげ、知らない男とひたすら性を貪る彼は、まるで女の人みたいだった。ドアの隙間からわずかに見えるその光景に、僕の視線は釘づけになった。気がつけば自らの性器を握りこみ、目の前で行われる行為に合わせるかのごとく自分で自分を愛撫した。射精の瞬間の途方もない快楽を、僕は今でも鮮明に覚えている。射精をしている間、僕の頭に浮かんできたのは「いいなぁ」という至ってシンプルな一つの願望だった。相手は恋人だろうか。それともただ欲を満たすだけの都合のいい存在なのだろうか。どちらにせよ、あんなにかわいい彼のことを自分以外の人が知っているというだけで無性に腹が立った。彼をあんな風に蕩けさせてしまう手が、自分のものだったら良かったのに。
 それまで見て見ぬふりをしてきた淡い恋心が、生々しくも肉欲とともに形になった日。彼は僕の「幼馴染」から「好きな人」になった。僕が小学校6年生、彼が高校3年生のときのことだった。
 そして、僕のその願いは消え去ることもなく、小さくなることもなく、むしろ日に日に大きくなって胸を圧迫していった。まだ子どもの自分を、どうやったら彼の「対象」として扱ってもらえるか考え続けた。僕の内心の葛藤など知る由もない彼は、とにかく無防備だった。それは、彼にとって僕が別段特別な存在ではないということを思い知らせた。理由はわかっている。僕が子どもだからだ。もしも僕が彼と同じ歳か、彼との間に一つ二つほどの歳の差しかなかったとしたら、僕はすぐにでも彼をものにしようとしたし、きっとできたと思う。でも現実は違う。彼は、僕をいつまで経っても赤ちゃんのように扱った。僕のことを自分がいないと生きていけないかよわい生き物だと思っているみたいだった。僕が既に精通を迎えていたこととか、彼に対して欲情していたことだとか、きっと彼は思いもしていなかっただろう。彼が傍にいてくれるなら、子ども扱いだって構わないじゃないかと自分を納得させようとしたこともあったけれど、それじゃあやっぱり物足りない。そうじゃなくて、僕は彼こそ僕がいないと生きていけないようなかよわい生き物になってほしいのだ。
 転機が訪れたのは、僕が中学3年生のときだった。
「ミキはどうしてオナニーするとき俺の名前を呼ぶの?」
 ふと尋ねられた質問に、僕は少し面食らった。
 まさか知られていたとは思わなかった。でも、考えてみれば当たり前の話だ。僕も彼も、お互いの部屋を行き来するのにいちいち事前に連絡をとりあったりはしない。彼は僕の部屋に自由に入って良いし、僕もまた彼の部屋に自由に入ることを許されていた。それに、僕だって彼がオナニーするところもセックスをするところももう数えきれないほど見ている。
「ごめん」
 咄嗟に出てきたのは、謝罪の一言だった。本当はごめんなんて謝罪の気持ちはこれっぽっちもなかったし、むしろようやく気がついてくれたのかと晴れ晴れした心持さえしていたにも関わらず、だ。慌てていたんだと思う。
「ミキの想像の中の俺は、何をしてる?」
「……」
「答えたくない?それとも答えられないような内容ってこと?」
「……普通、だよ」
「普通って何?」
 心なしか、彼との距離が縮まっているような気がした。少しずつ、彼が近づいてきている。
「そういえばさ、ミキがまだ小さいとき、一緒にかくれんぼして遊んだよね。覚えてる?」
 頷く。いつも俺が隠れる側で、彼が鬼で、何度も繰り返した二人だけの遊び。忘れるはずがない。
 彼が笑って僕の手を握った。
「もういいかい」
 心臓の音が指先から伝わってしまうのではないかとひやひやした。

 *
 
 幹邦は、俺のかわいいかわいい幼馴染みだった。
 6歳年下で、とにかく小さくて、いつも俺のあとをついて回って、目を離すと泣いて。このかわいい子どもは、もしかすると俺がいないと生きていけないんじゃないかと心配になったこともあった。
 まだ年端もいかない子どもを「そういう意味」で意識している自分に気が付いたのは、中学生になって少ししてからのことだった。流石にかなり落ち込んだし、この気持ちは一生隠し通さねばなるまい、誰にも明かすものかと堅く決意した。ショタコン、なんて言葉は当時には知らなかったけれど、守るべき対象に性欲を感じることが、普通でないことはわかっていた。
 しかしそもそも俺は生来我慢が苦手な性質である。それに、いくら我慢したって、戒めたって、俺が幹邦を好きなことは変えられない事実だった。あの小さくて細い身体を全部俺のものにしたい。あのかわいい唇にキスをしたら、どんなに気持ちがいいことだろう。そんなことばかり考えて、考えて、どうしようもなくなったときにだけ、セックスをした。幸いなことに、相手には困らなかった。好きでもない男に抱かれながら、目を閉じて幹邦のことを想像した。そう、実のところ俺は幹邦をものにしたいんじゃなくて、幹邦のものにされたかったのだ。
 そういう場面を目にするようになったのは、幹邦が中学生になってからのことだった。男にとっては自慰なんて当たり前のことだし、その行為自体は特筆することではない。ただ、幹邦の自慰には普通と違うところが一つだけあった。
 幹邦はいつも、俺の名前を呼びながら自らを慰める。上擦った声で紡がれる自分の名前を初めて聞いたときの興奮といったら、それはもう至高といっても過言ではない。耐え切れずにその場を逃げ出し、俺は自分の部屋で何度も何度も自慰をした。自らの指で自らの孔を掻き回し続け、精液が出なくなってもひたすら達し続けた。気持ち良くて、たまらなくて、このまま溶けてなくなってしまうんじゃないかと思った。幹邦が好きだ。もう我慢なんてできない。そう思った。
「ミキはどうしてオナニーするとき俺の名前を呼ぶの?」
 俺が尋ねたときの幹邦の顔といったら、本当にかわいかった。慌ててごめんと謝罪の言葉を浮かべたその唇を、すぐにでも塞いでやりたかった。
「ミキの想像の中の俺は、何をしてる?」
「……」
「答えたくない?それとも答えられないような内容ってこと?」
「……普通、だよ」
「普通って何?」
 想像の中で、俺はどんな風に抱かれるんだろう。考えただけでぞくぞくして、頬が緩んでしまいそうになる。
「そういえばさ、ミキがまだ小さいとき、一緒にかくれんぼして遊んだよね。覚えてる?」
 俺が鬼で、幹邦が隠れる側。数を数えた後の俺の呼びかけに返事をする、彼のかわいい声が好きだった。
「もういいかい」
 手を握ってそう言うと、幹邦は少し緊張したような顔をした。でもその瞳の奥にはちゃんと期待が浮かんでいて、そういうところがまた愛おしい。
「ミキ」
 促すように握った手に力を込める。
 幹邦はたっぷり時間をあけてから、ようやく口を開いた。


「……見いつけた」
「……それ、俺の台詞じゃない?」



蛇足とか
幹邦(みきくに)くんと栄(さかえ)くんの話でした。童貞臭い執着気質攻めと性に寛容なビッチ受けが好きです。

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