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お金がないお金がないと散々言い続けて半年。とうとうアパートを追い出された。
そりゃね、俺だってリストラされなきゃ家賃もちゃんと払えましたよ。平日の日中に図書館に来たりしませんよ。だって俺、本とか超苦手だもん。活字見ると頭痛くなるし。でも無料でゆったり座れて、かつ雨宿りまでできちゃう施設なんて他にあるか?
「おにーさん」
あ、ショッピングセンターに行けばいいのか。でもなぁ、あのごみごみした感じがどうも好きじゃないっていうか。あと家族連れとか見てこれ以上みじめになるのも嫌だし。
「そこのスーツ着たお兄さんってば」
「え、俺?」
「うん」
ぼんやりと適当な週刊誌を読みながら考え事に耽っていると、気がつけば目の前に見知らぬ少年が立っていた。この辺の高校の制服を着ている彼は、みすぼらしいよれよれのスーツを着た俺とは大違いで、パッと見ただけでも上品さが窺える。
「最近、よくここに来てますよね」
「あ、あぁ…」
「もしかして、仕事に困ってたりします?」
「えっ」
何で分かったんだろう。目を丸くする俺に、少年は「だって毎日同じスーツ着てるから」と言った。確かに、今俺に残されたのは小銭がいくらばかりか入った財布と、今着ている一着のスーツだけである。
「いい仕事があるんですけど…興味ありませんか」
「仕事?」
「別に変な宗教団体の勧誘とか、マルチな商売のお誘いとかじゃないから安心してください」
「…」
そんなこと言ったって。どう見ても俺より遥かに年下の、まだあどけなさが残る高校生にいきなりいい仕事があるなんて声をかけられても…怪しむより他に術がない。
いい仕事?ガキが何を言っているんだ?
「簡単ですよ。俺に突っ込んでくれればいいんです」
「…はい?」
「つまり、セックスフレンドになりませんかってこと」
「セッ…」
待て待て待て。とんでもないことをさらりと口にする少年に絶句する。周りに人がいないことがせめてもの救いだ。
セックスフレンド、って、俺は男だぞ。いや同性愛を否定するわけじゃないが、俺は至ってノーマル。男に突っ込むとか、そんなことできるわけがない。
「もちろんお給料は払いますよ。そうだなぁ…今までの貴方の収入の2倍でどうですか?」
「は!?」
2倍って、2倍…2倍!?この子、高校生じゃないのか!?お給料って、なんだよそれ。開いた口が塞がらないとはまさにこの状態のこと。
言葉に詰まる俺の顎に、するりと彼の細い指がかけられる。
「それとも…俺みたいな子供相手じゃ、興奮できないって?」
「興奮も何も…っ」
「俺、おにーさんのことずっと見てた。そこらの女よりは、気持ちよくさせてあげられるくらいの自信はあるんだけど」
先程まで子供にしか見えなかった彼の顔に、妖艶な笑みが浮かぶ。急に色気を感じさせる雰囲気に飲まれそうになる自分に気が付いてゾッとした。…くそ、ちょっとアリかもなんて、俺の馬鹿。
「いい条件じゃない?タダでセックスできるどころか、お金もらえるんだよ」
「お、俺はホモなんかじゃ…」
「俺もホモじゃないよ。おにーさんが好きなだけ」
「は!?」
好きぃ!?
自慢じゃないが、俺は別にイケメンでもないしどちらかと言えばどこにでもいそうなくたびれたサラリーマンなんだけど…今はサラリーマンじゃないが。こんな美少年に求愛されるような秀でた特徴なんて持ち合わせている覚えはない。
だらだら汗をかいていると、少年は駄目押しとばかりに俺の膝に跨って笑った。
「ねぇ…お願いだから、俺のこと犯してよ」
渇いた喉から、無意識に返事が漏れる。
「…は、い」
俺はどうやら、彼とセックスをするらしい。
*
「適当にくつろいでて。コーヒーと紅茶どっちが好きですか?」
「あ…じゃあコーヒーで…」
俺の住んでいたアパートよりもはるかに広い、とあるマンションの一室。
とりあえずソファに腰を下ろしてみるものの、くつろげるはずなんてない。そわそわとあたりを見回した。
部屋の中に配置された家具もすべてが高価そう。っていうかここ駅近だし立地良いし、絶対高級マンションだよな…。
家族らしき人の姿はない。まさかここに一人で住んでいるなんてことはありえないだろうが。この子、本当に、何者なんだ。
それに…。
「はい、砂糖とミルクは分からなかったんで自分でどうぞ」
「ありがとう…」
二人分のマグカップを持って微笑む少年。全体的に色素が薄く、すらりとしたバランスの良い体型をしている。どっかのモデルだと言われても信じてしまうくらいには、綺麗な外見だ。
しかしいくら整った容姿をしていようと、彼が子どもであることには変わりない。現に彼のカップに入っているのは、甘ったるい匂いを漂わせるココアだった。
いや別にココアが子どもの飲み物というわけではない。でも俺にとっては「幼さ」を感じさせる要素になっているということだ。
「さて、じゃあいろいろお話します?」
少年は向かい合うソファに座る。
「話って…」
「いろいろ聞きたいことあるかなって」
あるよ。ありすぎてむしろ何から聞いていいのか分からないくらいだ。
余裕がなくいっぱいいっぱいな俺とは違い、彼は楽しそうな表情でじっとこちらを見つめた。
「じゃあ…まず、名前」
「おにーさんが教えてくれたら俺も教える」
「…」
「あ、もしかしてまだ俺のこと怪しい奴って思ってるんですか」
別に嘘を吐く必要も無いので素直に頷く。いきなり本名を明かすのもちょっと。
「だって性行為をするだけでお金あげます、なんて…そんな都合のいい話…」
「あるんだなぁこれが。っていうか俺言わなかったっけ?」
「何を?」
「おにーさんが、好きだって」
「…それ、本気で言ってる?」
俺はどこにでもいるような平々凡々の男だ。こんな美少年に求愛されるだけの理由はないと思う。
リストラされた挙句に次の仕事を探そうともせず、ただぼーっと図書館に入り浸っているだけの情けない野郎だ。
「本気だよ。抱かれたいと思うくらいにはね」
「なんで俺?」
「んー、別に深い意味はないですよ。単に外見が好みだっただけ」
「いやいや…ますます疑問だわ。俺の外見のどこら辺が…」
「体つきかなぁ。あと一見頑固そうだけど、よく見ると押しに弱そうなとことか」
う。確かに俺はノーと言えない日本人の典型だが。そうかこんなガキに見抜かれてしまう程内面から滲み出ているのか…なんか嫌だな。
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