▼ 02
「近い!近いですってば!」
「当然だ。何故なら俺は今から君にキスするんだから」
「何言ってるんですか!?」
ひいいい。何とかしてこの状況から逃れなければ。
ぐいぐい迫ってくる彼の顔。唇が触れそうになったそのとき、あるものが目に入った。
「…っ」
ゴミの間から飛び出してきた、茶色い物体。そう…おぞましくて口にしたくも無い、あの虫である。
「いやぁぁぁぁぁっ!亮一さんっ!いやっ!」
僕は虫が大の苦手だ。情けないとは思うけれど、どうしても克服できない。蚊すらも気持ちが悪い。
耳をつんざくような僕の悲鳴に、亮一さんはひどく傷ついた顔をした。
「そ、そんなに嫌がらなくても…」
「ちがいます!あれ!あれです!」
「あれ?…あぁ、ゴキブ…」
「その名を口にしないでください!」
「苦手なのか」
のそのそと立ち上がった彼。その辺に散らばった紙の束を手に取り、丸める。
そして…何のためらいもなくそれを叩きつぶした。
「最近は出てなかったんだけどな…」
「…」
「もう大丈夫だぞ、律君」
やだ。どうしよう。
「どうした?」
「りょういちさん…」
…亮一さんが、かっこいい。
「僕、亮一さんと一緒に暮らしたいです…」
「えっ」
「貴方がそんなに頼りになるなんて、知りませんでした」
あんなに男気があるなんて。何だか彼が一層キラキラと輝いて見える。
亮一さんは顔を赤らめ、僕をじっと見つめた。
「律君…それは、プ…プロポーズ…?」
でもそこで気が付いた。
そもそもあの名前も口にしたくないおぞましい生物が出現したのは、彼のせいではないのかと。
それに気づいた瞬間、キラキラが消えた。
「…亮一さん」
「は、はい」
何故か照れている亮一さんに、僕は最大級の笑顔を向ける。
「やりましょう?」
お掃除を。
*
「ふー…大分綺麗になりましたね」
「…」
「まだ拗ねてるんですか?」
「拗ねてない。怒っているんだ」
つーん、とこちらから視線を背けたままゴミ袋に物を片していく亮一さん。
…やりましょう、という言い方が良くなかったらしい。
えっそんないきなり…俺はいつでも準備できてるけどとにかくあぁっ律君嬉しいよ。
そうやって飛びついてきそうな勢いの彼を一蹴し、部屋の片づけを始めた僕。
やりましょうといったのは行為ではなく掃除の話だ。
僕がそんな破廉恥なお誘いをするわけがないのに、どうしてこの人は学習しないんだろう。
「ひどい。律君は俺の乙女心を弄んだ」
「乙女心って」
「二回も抱いたくせに…」
「抱い…っ」
そりゃ、まぁ、そうですけど。
「しかも二回目なんか気持ち良すぎて動けませんって泣いたくせに…あぁあの律君は何度思い出しても興奮する」
「やめてください!」
「いたっ」
恥ずかしくなって、丸めた紙を彼に向って投げる。
確かに僕も悪かったかもしれないけど、でもあれは亮一さんがあんな顔するから!
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