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▼ 愛は志を助く

「すぐもどってくるから、ぼくのことわすれないで。ぜったいウワキしちゃだめだよ。シキくんは、ぼくとケッコンするんだから」

ウワキ、というものが概念として悪いものだとはわかっていたけれど、まだそれが何なのか完全には理解していなかったような、そんな遠い昔の話。

そう言って、彼はどこか遠い町に引っ越していってしまった。

そのうち、時を経て俺も親の仕事の都合で隣の市へと引っ越すことになった。それほど遠くない場所への引っ越しとはいえ、もし万が一彼があの町に戻ってきたとしても、今度は俺がそこにいないのだ。会えるはずがない。

彼と自分を繋ぐものは、もうなくなってしまった。当時は随分と悲しくなったものだ。

どうせ子どもの戯言だ。覚えているだけ無駄なのだ。そう自らに言い聞かせることでその悲しみを埋め、ようやく傷が塞がったと思ったとき、機会は訪れた。

「先日この町に引っ越してきました。といっても、小さい頃は隣の市に住んでいたので、戻ってきたという感覚の方が強いです。今日から宜しくお願いします」

一目見てわかった。彼はあの子に違いないと。

幼いころの約束を本気であてにしているわけではないけれど、それでも期待しないではいられなかった。

もし、もし、彼も昔のことを覚えているなら、と。

だがそんな俺の淡い恋心は、その日見事に打ち壊されることになる。

「あぁん……っ、あぁっ、いい、いいよぉ、きもちぃ……っ」

――再会した幼馴染は、とんでもないビッチになっていました。

「んぐっ、ん゛ん゛……ッ、ふ、う゛……〜〜〜ッ」

綺麗な顔も、身体も、上も下もと突っ込まれてぐちゃぐちゃになっている。3Pって、なんだそれ。転校初日から飛ばしすぎだろ。

教室のドアを開けたまま驚いてその場を動けないでいる俺に気が付いたのは、彼が最初だった。

彼は驚いたように目を瞠ると、自分の口に一物を突っ込んでいる男を突き飛ばし、孔に挿入して懸命に腰を振る男を脚で蹴り上げ、嬉々とした顔で呟いた。

「志貴」

それは、紛れもなく俺の名前だった。

「……っ」

ぞくりと背筋に電気のような感覚が走る。何かが喉の奥からせり上がってくる気がして、咄嗟に口元を覆った。

「志貴」

彼が俺の名前を呼ぶ度、息があがる。熱に浮かされたようになって、思考に靄がかかる。

駄目だ。このままここにいると、取り返しのつかないことになる。抑えきれない。

そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、彼は精液塗れの顔で柔らかく笑った。

「志貴、やっと会えた」



精液やら何やらであまりにひどい状態の彼を放っておくわけにも行かず、かと言って学校に身体を清めるための場所などなく、何よりこれ程までにフェロモンを垂れ流している彼をここには置いておけない。

そんなわけで、俺は咄嗟に彼を自分の家まで連れて帰って来てしまった。午後の授業は自主休講だ。今まで目立たないように真面目にこつこつやってきたのに、台無しである。

「運命みたいだ。本当にもう一度会えるなんて」
「いいから服を着ろ」

お風呂に入れさせたはいいものの、部屋で裸でうろつかれると困る。何が困るって、俺の理性的に。

「僕のこと覚えてる?」

覚えていないと嘘を吐こうかと思ったが、考えるよりも前に頷いていた。彼の瞳が嬉しそうに細く三日月のように弧を描く。

「じゃあ、約束は?僕はΩだから、約束通りケッコンできる。番になれる」

それも覚えている。が、先程の光景を目の当たりにして、はい覚えていますと素直に肯けるわけがなかった。

俺の好きだった子は、俺の記憶の中のあの子は、あんな……あんな……教室で3Pするようなビッチじゃないんだ。

「……俺、βだから。番にはなれない」
「そう」
「成績もよくないし、運動もできないし、クラスでも目立たない地味な奴だし。どうせ番うなら、もっと条件の良いやつを探した方がいい。大体、子どもの頃の約束なんてあてにしたって……」
「どうして?」
「は?」

彼の長い指が、俺の長く伸ばした前髪をよけてみせた。明るくなった視界の先で、彼の微笑む顔が見える。

「なんでわざわざ嘘を吐く?」

全て見透かしていると言わんばかりの瞳に、俺はぴしりと固まった。

バレている。確実に。これはそういう目だ。

「どうして周りにまで嘘をついているのかは知らないけど……僕まで誤魔化そうたって、そうはいかない」

まずい、と思った。このまま見つめられ続けていたら、自分が何をしでかすかわからない。

「志貴はαだ」

俺の記憶は、そこでぷっつりと途絶えている。



「あッ、うぅ、うぐ、んんん……んぁあッ!!」

次に目に飛び込んできたのは、ベッドの上で快感に悶え泣く彼と、彼を組み敷いてひたすら中に射精し続けている自分の姿だった。

「奥、おく、きてる、だめ、そ、んなとこまで入れたら、あ、壊れる……ッ!!」

ぶる、と腰が勝手に戦慄く。溶けそうな程濡れた内側が、絡みつくようにペニスを刺激してくる。こんな快感は初めてだった。

「はぁ……っ、出る……」
「ひ……ッぁあっ、あっ、ああっ、また出て……っ」

――嗚呼、やってしまった。

散々出した後なのだろう。繋がった部分からはごぷごぷと入りきれなかった精液が溢れだしている。そこに彼の愛液も混じり、シーツは最早びしょ濡れだ。

とりあえずこの状況はまずい。いまだ萎える気配はないペニスを引き抜こうとすると、腰に脚が絡みついてくる。

「もっとして……もっと、もっと」

何が「もっと」だ。誰にでもそんなこと言ってるんだろう。俺は騙されない。

「あぁっ、ん、ん、ん゛ッ、は、志貴、しき、しきぃ……っ!!」

頭ではそう思うのに、俺は何故か言われるがままに再び腰を打ち付け始めていた。

「はっ、ぁ、……っ」

気持ちいい。足りない。まだ。もっと。ちがう。駄目だ。こんなこと。やめないと。

快感と、常識と。板挟みになりながらも自らを止める術がわからなかった。

ふーふーと歯の隙間から堪え切れない息が漏れる。そんな俺を見て、彼は涙を零しながら微笑んだ。

「しき、好き、好きだ、好き、うれしい、大好き」
「今、言うな……っ、やめろ」

やめろと言っているのに、彼の俺を抱きしめる腕の力が一層強くなる。

「もう、また、くそ……」

俺は憚ることもせず舌打ちをして、そのままもう一度中に射精をした。散々出し尽くしているはずなのに、勢いよく精が飛び出していくのがわかる。

腰から下が蕩けてしまいそうなほどの快感に頭がくらくらした。組み敷いた彼の身体にぽたりぽたりと水滴が落ちていく。最初は汗だと思っていたが、それは俺の唾液だった。

涎で濡れた俺の唇を、彼の指が拭う。そして彼は、俺の唾液が付着した指を舐める。

「ん、ふ……」

くちゅりと濡れた音をたてて指が口の中に吸い込まれていくのを、俺はぎらぎらした瞳で見つめていた。

「僕が欲しい?」
「……」

欲しい、と言ってしまったら、どうなるのだろう。

答えない俺に、彼はさらに続ける。

「僕はずっと志貴が欲しかったよ。ずっと好きだった」
「う……っ」

ぎゅう、と心臓をねじられたような痛みが走った。塞いだはずの思い出と、目の前の光景が重なる。

「どこに行っても、志貴のことが忘れられなかった」

曲がりなりにも昔好きだった子に迫られ、砕け散ったはずの初恋がぱらぱらと集まってくるのを感じていた。

「う、嘘だ、そんな……」
「嘘じゃないよ。ケッコンしようって約束しただろ」
「あんなの、子どもの頃の話で」
「でも僕は、その子どもの頃の話をあてにして戻ってきたんだけど」
「……本当に?」
「本当に」

いやいや、絆されるな俺。じゃあ今日のあれはなんだったんだ。俺のことが好きなくせに、他の男とセックスするような奴は信じられない。

「……じゃあなんで、教室であんな……誰でもいいみたいな真似……」
「……あれは……」
「あれは……?」

ごく、と唾液を飲み込む。答えようによっては、彼を受け入れてもいいのかもしれない……そんな期待すら生まれていた。

「性欲が抑えきれないから」

――なんだって?

「せ、性欲?」
「うん」

性欲が抑えきれなかったから、白昼堂々教室でセックスしました。

それじゃまるで、わいせつ罪かなにかでで逮捕される容疑者の動機だろ。

「僕、人よりめちゃくちゃ性欲が強いんだ。発情期のときなんかはもう地獄だね。地獄」
「あぁそう……」
「志貴だってαならわかるだろ?どんなに理性的な人間でも、生まれ持った性に抗うことなんて不可能なんだよ」
「そんなことは」
「ないって言える?現に今、志貴は理性ふっ飛ばして僕とセックスしてるわけだし」

だからと言って、転校初日にあれはいかがなものか。

集まって来ていた初恋の欠片が、再び離散していく。

「でも」

彼は急激に冷めていく俺を引き寄せ、ちゅっと音をたててキスをした。

「志貴がいるならもうしない。僕の全部、お前にあげる」
「そうですか」

結構です。そう言おうとして、はたと思い至る。

――全部をあげるってことはつまり……。

「もう他の奴としないってこと?」
「しない。志貴だけ」
「……本気で俺のこと好きなの?」
「むしろ愛してるけど」

あれ。そうだとしたら、何か問題はあるのか?ないんじゃないか?

離散しかけていた初恋がみるみるうちに形になっていく。

「……愛助」

名前を呼ぶと、彼は俺のモノが入ったお腹を愛おしそうに撫でながら尋ねた。

「志貴も僕が好き?」

――えぇ、好きですとも。離れている間、一日も忘れたことがないくらいには。

「そう」

愛助は観念して肯いた俺を引き寄せ、今度は頬にキスをした。柔らかな唇が触れる感触にぞわりと鳥肌が立つ。なんだ、この感覚は。

「じゃあ、ちゃんと僕に言うことがあるだろ?」

……言うこと、とは。

勿論彼が求めているものがわからない程鈍くはない。

「俺は、俺も、その」
「うん」
「ずっと、お前のことが好きだった」
「過去形?」
「……好きだ、今も」

愛助が満足げににんまりと笑った。

「来週一週間空けといて」
「なんだよ急に」
「ハネムーン」
「は?」
「発情期なんだ」

とん、と彼の指が自身のうなじを指差す。

「もうどこにも行かないように、志貴の傍にちゃんと縛って」

白く浮き上がる首筋に、俺は生唾を呑んだ。


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