ss | ナノ


▼ マニアD

「お邪魔します」

どうしようどうしようどうしよう。

「お前の家くるの初めて」

完治が、あの完治が、僕の家にいる。

「そ、そうだっけ?」
「そうだよ」

いや待て。慌てることはない。

今日の僕は完璧だ。部屋に溢れかえっていた完治グッズはこの日のために全て妹の部屋に避難させておいた。もちろんタダとは言わず多少のお駄賃はとられてしまったが、そんなものは完治本人に気持ち悪がられてしまうのに比べれば微々たる傷だ。

「あ、先こっち。お菓子とかジュースとか持って部屋あがるから手伝って」
「台所、入っていいの」
「今日うち誰もいないから平気。気遣わなくていいよ」
「わかった」

食べ物と飲み物をあれやこれやと準備してから二人で部屋に向かう。ドアを開けた瞬間、完治が「あ」と小さく声をあげた。

「な、なに?」

まさか何か隠し忘れたものがあったかと挙動不審になる僕に、完治は笑う。

「夏のにおい」

なんだ、ちがった良かった、と思ったのも束の間。

いやいや良くなくない!?僕のにおいって何!?しまったなんかいい匂いのする芳香剤とか置いとくべきだった!?

「…くさいってこと?」
「違う。いつも嗅いでるのとおんなじ匂いだったから」
「いつも嗅いでる…!?」
「お前だって俺のこと嗅ぐだろ」

ひっと口から悲鳴じみた声が漏れた。ばれてらっしゃる……!?

「い、いいからほら早く入ってよ」
「はいはい」

これ以上この話題を掘り下げては駄目だ。ボロが出る。急かすようにして部屋に引き入れる。

「課題、どんくらい持ってきたの」
「とりあえず全部。できれば今日8割くらい終わらせるつもりで」

そう。今日の目的はおうちデートでも演劇の練習でもない。学生の本分である勉強のためだ。

冬休みに突入したのはいいものの、なんだかんだ部活で忙しい僕たちにとって、冬休みの課題というものはかなり厄介な存在だ。しかも冬休みは案外短い。あれやこれやと理由をつけて後回しにしてしまっていては、あっという間に休みが明けてしまう。

ということで、面倒なことはとっとと片づけてしまえと二人で勉強会を開くことになった。

その会場が何故うちなのかというと、それはつい最近の妹との会話がきっかけだ。

「お兄ちゃんはうちに完治くんを連れてきたりしないの?」
「いやいやいや、無理だろ。僕の部屋の状態知ってるでしょ」
「でもほら、これ見て」
「ん…?」

妹が見せてくれたのは、ある雑誌の読者投稿欄だった。

「付き合って三年、家に呼んでくれない彼氏…?」

少し大きめのフォントで書かれた見出しを声に出して読む。さらにその続きを今度は妹が読んだ。

「プライベートを頑なに見せないのは、貴方が本命でない証かも…だってさ」
「えっ、えっ、え…っ!うそ…」
「そういうケースもあるってこと。現にこの投稿者の人はその彼氏とすぐ別れちゃってるみたいだよ。ほら」
「僕は違うよ!!むしろ本命すぎて見せられないんだよ!!」
「でも完治くんがちゃんとそうやって理解してくれてるとは限らないでしょ?」
「う…」

確かに。いろいろ取り繕うためにただでさえ可愛くない態度をとっているうえに、本命でないなんて勘違いされてしまったら、僕は、僕は…!

「協力してあげようか?」
「協力…?」
「冬休み始まって最初の週末。お父さんとお母さんのことうまく連れ出してあげるから、おうちデートしなよ」
「でも、僕、部屋が…」

完治グッズがいっぱいで…。

「私の部屋で預かっておいてあげる」
「いいの!?」
「その代わり、お小遣いちょうだいね。欲しい服があるの」
「いいよいいよ!あげる!ありがとう!」

――斯くして妹の心強い協力のもと、完治を家に呼ぶことになった次第である。

「今プリント何枚目いった?」
「3枚目おわるとこ」
「2枚目の問4解けたの」
「うん」
「えぇ…」

僕も完治も成績はそれなりにいい方だ、と思う。ただ、数学は完治の方ができる。そんなところもかっこいいのだ。

「何、解けない?」
「途中で詰まってる」
「見せて」

完治は顔を上げ、テーブルの向かい側から僕の手元を覗き込んだ。ぐっと距離が近くなったせいで、僕は内心焦りを覚える。駄目だ駄目だ。集中集中。

「ここ、符号間違ってる」

完治の指が僕の書いた計算式の一部を指差した。

「あ、本当だ。ありがとう」
「どういたしまして」
「いいなぁ。僕ももっと数学得意になりたい」
「苦手ってほどでもないだろ」
「うん。でも、ちょっと不安」

不安という単語を口に出したせいか、その感情が胸の奥底でもやもやと形になっていく。進路とか、大学とか、少し先ではあるけれど、そんなに遠くはない未来の話。

「…完治は、大学進学する?」
「するよ。夏は?」
「僕もするつもり。でも、まだ全然やりたいこととかわかんなくて」
「そんなの決まってる人の方が珍しいだろ。俺らまだ一年生だぞ」

ついこの間まで中学生だった僕たちにとって、確かに大学の話は少し早すぎるかもしれない。でも僕は、考えずにはいられないのだ。

「…完治は?」

僕が知りたいのは、完治のことだけ。完治に置いて行かれたくない。ただそれだけ。

「俺は……」

僕の質問に対し、完治は歯切れ悪く語尾を濁らせた。何事に対してもいつも堂々としている彼にしては珍しい態度だ。

「…笑うなよ」
「うん…?」
「俺は、ずっと演劇がやりたいって思ってる」

完治の真っ直ぐな目が僕を射抜く。

「大人になってもずっと。できれば、それで食べていけるような」
「ほんと!?」

思わず大きな声が出てしまった。僕の勢いに気圧された完治が驚いたように口を噤んだ。でもそんなこと気にしていられない。

それくらい、嬉しかった。

自分のやりたいこととか、進路とか、就職とか、よくわからない。たった一つ胸を張って言い切れる夢がある。

大好きな人の夢を、夢を追いかける姿を、その隣でずっと見ていたい。それが僕のやりたいこと。

甘ったれだと言われるかもしれない。世間からすると戯言かもしれない。

いい大学に進学して、それなりの会社に就職して、それが普通で、望むべき未来かもしれない。

でも、願わずにはいられない。

「僕はこれからも完治のこと、ずっと見ていられるんだね」

好きなことを夢にして、それを叶えて、夢と一緒に生きていく彼の姿を。そしてその隣にいる自分の姿を。

「…ずっと」

ずっと。

「ずっと一緒に、いられたらいいなぁ」
「いればいいだろ」

ぽつりと呟くように発した一言に、完治は間髪入れずに返事をした。

「言ったろ。劇が終わって、お前の顔を見るその瞬間が一番幸せだって」
「…うん」

覚えてるよ。ほんの少し前、完治が僕にくれた言葉。完治のことで覚えてないことなんて、一つもない。

「俺はもう、夏のいない舞台を想像できない。俺の夢は夏と一緒にあるから、だからずっと一緒にいてくれなきゃ困る」
「うん」

僕は泣かなかった。いつもの僕だったら、きっと嬉しくて嬉しくて泣いていただろう。でも今は泣かなかった。

涙にして流してはいけないと思った。この気持ちは、きちんと自分の言葉にしなければ駄目だと思った。

「ずっと一緒にいてくれる?」

口に出すとなんだか恥ずかしい台詞になってしまったけれど、それは確かに僕の本心だった。

「それ、俺の台詞」

完治は笑って頷いた。



「待って待って待って、お願い…っ」
「何」
「べ、勉強!まだ課題、終わってない!」
「こんなになっといて、今それ言う?」
「んん…っ」

ぐじゅ、と完治の指がナカを掻き回す。与えられる快感に身を委ねてしまいそうになりながら、僕は必死でのしかかってくる彼の胸を押した。

「やっ、やだっ、やっぱやだ」
「ダメ」
「やだーーーっ!!」

じたじたともがいたせいで、ベッドが嫌な音を立てて軋む。しかも暴れる僕の膝が丁度いいことに鳩尾にヒットしてしまい、完治はうっと呻き声をあげた。

「あのなぁ…お前…」
「ご、ごめん」
「今度は何が不安なんだよ」

不安というか、不満というか、なんというか、難しい気持ち。多分、完治にとってはくだらないことなんだけど、僕にとっては由々しき事態というか。

「言ってみ」

完治は真上から僕の顔を覗き込み、ちゅっと目尻にキスをくれた。それだけのことでぼんっと全身が茹蛸のように赤く熱くなる。うう、かっこいい。好き。

「…ここじゃ嫌なんだよ」
「ここって、ベッド?じゃあ床いく?それとも立ったまましたいってこと?」
「ちがう!!僕の部屋が嫌ってこと!!」
「理由は?」

理由は。

「…僕、ここで暮らしてるんだよ」
「うん」
「勉強するのも、着替えるのも、寝るのも、全部この部屋だよ」
「うん」
「なのに、今ここで…その、エッチ、したら」
「したら?」

僕の唯一の安息の地が。聖域が。

「お前のこと思い出して、普通にできなくなる…」

――ただでさえいっぱいなのに、これ以上は溢れてしまう。

「あ…ッ」

入り込んでいた指が抜かれ、代わりにもっと太いものが押し付けられた。

「何、バカ、やだって、言って…んん〜〜〜ッ」

すっかり柔らかくほぐれたそこに、止まることなく一気に奥まで入り込んでくる大きな塊。くんと仰け反って震える僕の両手を完治の手が絡めとって、その場に押さえつける。

「んむ…っ、ん、ん…っ、ふ、ぁ」

蕩けるような口付けにあっという間に抵抗する気力を奪われてしまった。くちゅりと音を立て、交わっていた舌同士を唾液の糸が繋ぐ。

「かんじ……?」

完治の瞳には明らかに情欲の色が浮かんでいて、僕はうっとりと夢見心地でそれを見上げた。

――かっこいいなぁ、ほんとに、世界一。

「…ずるいよ、お前」
「へ…?」
「俺の全部はもうとっくに夏でいっぱいなのに、お前の全部は俺じゃないの?まだ普通でいられんの?俺のこと考えてないときがあっていいと思ってんの?」

矢継ぎ早になされる問いかけ。どこか拗ねたような口調に、きゅんと胸の奥が疼く。

――かっ、かわいい!かわいい!かっこいいうえにかわいいなんて、すごいよ完治!

「思い出せばいいだろ。この部屋で俺に抱かれたこと、ずっとずっと覚えてればいい」
「そ、そんなの…むっ」

無理、と言う前にまた口を塞がれた。

「俺は自分の部屋でもいつも、夏のこと思い出してる」
「!!」
「普通でなんていられねぇよ。お前のこと、普通なんて言葉で括ってたまるか」
「!!!!」

沸騰したお湯の入ったやかんのようにぼふぼふと茹だっている僕を、完治は満足げな顔で見下ろした。

「なぁ」
「う…、な、なに…?」

ちゅ、と唇が鼻の頭に触れる。条件反射できつく目を閉じると、今度は閉じた瞼に口付けられた。

「好きって言って?」
「や…っ、できな、んむ」
「俺は好きだよ」
「んんっ、ちょ、キスしすぎ…っやめ」
「やめない。やめてあげない」
「し、死ぬから…!!死ぬからやめて…!!」

僕は心臓の辺りを片手で押さえ、もう片方の手で完治の唇を覆う。これ以上キスができないように、だ。

「ひぇ…ッ!!な…っ!?」

だが完治はあろうことか自らの口を覆う僕の手のひらをべろりと舐めてきた。びっくりして情けない悲鳴をあげてしまう。

「舐めた…!?舐めた!!ヘンタイだ!!」
「そんなんじゃいつか一緒に暮らしたときどうするんだよ。今のうちに慣れとけ」
「えっ」

あれ。そうか、ずっと一緒にって、一緒に暮らすってこと?同じ家で、同じ部屋で、これが毎日?

「…どうしよう」
「何が?」

ちょっとだけ先の、でもそんなに遠くはない未来の話。僕の胸に再び湧き上がる一抹の不安。

「もしそうなったら、完治グッズ、どこに隠そう…」
「は?何グッズだって?」

――それは、とても幸せな悩み。


[ topmokuji ]



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