ss | ナノ


▼ 僕と彼の話@

「一目惚れしました。俺と付き合ってください」
「…僕、男なんだけど」

――そんな会話をしたのは、どれくらい前だっただろうか。もう随分と昔のことのように感じられる反面、今でも鮮明にその場面を思い出すことが出来る。

僕は今、人生最大の危機に直面しているのかもしれない。

「古川さん、もうお仕事終わりましたか」
「…」

会社から出てきた僕を迎えたのは、案の定彼だった。

違う方向から帰れば良かった。あぁでもそんなことしたら、夜のオフィス街に子どもを一人置き去りにしてしまうことになるし…。

「あのねぇ新田くん、学生がこんな時間にこんな場所でうろうろしてちゃ…」
「じゃあ行きましょう」
「人の話聞いてるかな」

さも当然と言うかのごとく僕の手首を掴み、スタスタとどこかへ歩き出すこの子ども(と言っても高校生だけど)こそが、今まさに僕の人生を危機的状況へと陥れた張本人だ。

上に述べたとおり、何故か彼は僕のことが好きらしい。今まで何の面識も無かった高校生に突然告白され、毎日毎日猛烈なアプローチを受け、正直なところ僕はもういろいろと限界である。

こんな風に会社帰りに待ち伏せをされているのもいつものことで、それに馴染み始めてしまっている自分が怖い。

違う。僕は至ってノーマルだ。可愛い女の子が好きだし、どちらかといえば攻められるよりも攻めるのが好きで…じゃなくて。

「ちょっ、ちょ、ちょっと待って」
「なんですか」
「そっちは通らないで、こっちの道にしない?」
「…?」

嫌な予感がして無理矢理脚を止めた。新田くんが不思議そうな顔をして振り返る。

「そっちはラブホ街だから」

…なんて自ら地雷を踏むようなことは言えず、しどろもどろになる僕。

「いやぁ…今日はこっちの道の気分かなぁ、なんて」
「どういう気分かよく分かりませんが、俺はこの先に用があるんで」
「用って…」
「安心してください。バイト代入ったので、ちょっと料金高めのところでも大丈夫ですから」
「何が大丈夫なんだい!?」

どうやら僕の予感は的中してしまったようだった。



「ふ…っ、ん…、んんっ、ん…」
「唇、噛まないでください」

いや、その前に君がその手を離してくれれば全てが解決するんだよ。

「う…っ」

自分以外の男の指にペニスを弄り回される日がくるなんて、思いもしなかった。ぐちゃぐちゃになった下半身が視界に映らないようにきつく瞼を閉じれば、瞳に溜まった涙が一粒零れ落ちる。

「可愛いですよ」

この子はおかしいんじゃないだろうか。僕は決してアイドルのような綺麗な外見でもないし、身体だって小柄なわけじゃない。むしろ身長で言えば彼よりも数センチ程高い。どこからどう見ても正真正銘の男だ。

「もう、もうやめ…」
「やめていいんですか」
「あぁ…ッ!!」

ぐりぐりと力任せに亀頭を擦られ、咄嗟に声を漏らしてしまった。羞恥で全身が熱くなる。

「いやだ…ぁっ、あ、新田く、お願いだから…」
「やめるのがいやだってことですか」
「ちが…」

否定しようと口を開けばまたおかしな嬌声を上げてしまいそうで、強く強く唇を噛み締めた。血の味が舌の上に広がる。

「古川さん」
「んんっ」

口元に濡れた感触。それが彼の舌だと認識するまでにはそう時間はかからなかった。男の唇を舐めるなんて、やっぱりこの子はおかしい。大分おかしい。何がおかしいって、そりゃ勿論頭がだ。

「古川さん」

背けようとした顔を無理やり引き戻される。

「やめろ…って、言ってるだろ…」
「好きです」
「だからってこんなことが許され…」

彼の顔を睨み付け抗議するも、言い終わる前に口を塞がれた。何度も何度も角度を変えて触れる唇と、口内をかき乱す熱い舌にぞわぞわとした感覚が全身を走る。

「う…っン、ん、ぁ」

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

そう思うのに、頭がぼんやりして働かない。突き飛ばして逃げることもできない。

「ん―――ッ!?」

ペニスを握っていた手がまた動き始め、僕はビクリと腰を戦慄かせた。ぐちゅぐちゅと激しく扱かれながら更に深く口付けられ、くぐもった声が彼の喉の奥に消えていく。

「んっんっんっ…ん…、…!」

馬鹿みたいに跳ねる身体。自分のものなのに、それを受け入れることができない。

徐々に奥底から湧き上がってくる強い快感と、抗おうとする無意味な意地。どちらが強いかなんてもう明白だ。

「〜〜〜〜〜ッ!!!」

チカチカと白い光が視界を支配する。必死になって目の前の体に縋り付き、身体中を震わせた。

――あぁ、くそ…気持ちいいなぁ。

「はぁ…っ、はぁ、は…っ」

湿った音とともに唇が離れていく。ようやく解放された口から零れ出るのは、絶頂の後の荒い吐息だけだ。

「はー…っ」

あー…もう、本当に駄目だ。毎回毎回流されて、結局最後には彼の手でイかされて、僕はどれだけ堪え性がない男なんだ。自己嫌悪に駆られながら、ふと視線を彼の顔に戻す。

「!!!」

そこで僕が見たものは。

「ご…っ、ごめん!」

――新田くんの顔が、濁った液体で濡れている。

「ごめん!本当にごめん!そこまで飛ぶとは思わなくって…!」
「…」

言わずもがなその液体の正体は僕の精液だ。かぁっと頬が熱くなった。恥ずかしすぎる。

「ティッシュ!ティッシュはどこ…ってちょっと!何してんの!?」

顔についた精子を拭って舐める新田くん。慌てて止めさせる。

「濃い」
「そういうこと言わなくていいから!」
「この間俺が抜いてあげてから、触ってなかったんですか」
「…っ知らないよ」

知らない。言えない。

君の手を思い出して変な気分になるから、一人で出来なくなっただなんて、絶対に。

「古川さん」

新田くんは僕の名前を呼び、ほんの少しだけ口元を緩ませた。普段、表情豊かとは言い難い彼の珍しい様子に固まってしまう。

…いやいや。ないない。ありえない。

一瞬ほんの少しだけ可愛いと思ってしまったのは、あれだ。ギャップ萌えってやつだな。新田くんいつも笑わないし、初めて見たから仕方ないよね。…ん?そうしたら僕は新田くんに萌えていることになるのだろうか。それはまずい。やっぱり今のなし。

「どうかしましたか。人の顔じっと見て」
「な、何でもない…いいから早く退いてくれないかな」

彼の肩をぐいと押し退ける。が、しかしどうしてかびくともしなかった。

「…新田くん」
「嫌です」
「僕だって嫌だよ」
「俺の方が嫌です」
「いい加減にしないと怒るよ」
「もう怒ってるじゃないですか」
「もっと怒る」
「…」

じゃあ、と手を握られる。そして握られた手が導かれた先は。

「俺のことイかせてくれたら退きます」
「前々から思ってたけど、君馬鹿だろう!?」

――僕と彼の奇妙な攻防戦は、まだまだ続く。


[ topmokuji ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -