▼ 02
「えっ、ふみくん来るん?」
「来る」
「じゃあお母さん髪やって!後でいいけ!」
未乃莉が慌てたように自分の髪を気にし始めた。そうか、お前あいつのこと好きだもんな。
「そんなんいいやろ。お前の髪なんか誰も気にせんって」
「やだ!ふみくんに会うのにぼさぼさなままとか無理!」
「いっちょまえに色気づきやがって」
はは、と笑いが零れる。
「兄ちゃん、俺とゲームしよゲーム」
「いいよ。先に二階上がっとって。兄ちゃん荷物自分の部屋に置いてくるけん」
「分かった!」
…未乃莉、ごめんな。お前が好きなひふみは、兄ちゃんのことが好きなんだよ。兄ちゃんにちゅーしちゃうような変態なんだよ。口が裂けても言えないが。
充に急かされながら、俺は心の中で妹に詫びた。
*
「本当に会うたびかっこよくなって!」
「いや…そんなことないです」
「うちの馬鹿瑞貴が迷惑かけとらん?」
「………大丈夫ですよ」
おい何だ今の間は。
母さんに絡まれているひふみを睨む。そこは大丈夫ですって即答するところだろ。
残り少なくなった唐揚げに手を伸ばす。うん、やっぱりこれだな。これが一番おいしい。
「ふみくんが大学行った後、この子すっごい落ち込んでねー。んでしばらくしたら俺も行くなんて言い出して、本当困ったもんよねぇ」
…くっ、くそばばぁぁぁぁ!何を余計なことをぉぉぉぉ!
「んぐっ」
べらべらと繰り広げられる会話を制止しようするが、唐揚げをのどに詰まらせてしまった。横に居た父さんが慌てて水を渡してくれる。
「大丈夫か?」
「…っあ、りがと」
涙目になった俺。ひふみが呆れたような顔でこちらを見て…にやりと口を歪ませた。あ、これ完全に後からからかわれるやつですわ。
俺がいなくて寂しかったんだ、とか。そんなに俺が好きなの、とか。あぁもうすげー予想つく。嫌だぁぁぁぁ。はぁぁぁぁもぉぉぉぉ!
「瑞貴?苦しい?」
「や…大丈夫」
がっくり肩を落とす。父さんにぽんぽんと慰めるように肩を叩かれ、何だか余計にみじめな気持ちになった。ごめん父さん…仕事で疲れてるのに気遣わせて…。
「もう本当に…落ち着きがなくてそそっかしいんやからあんたは!ふみくんを見習いな!」
「誰のせいじゃ!!余計な話せんでいい!!」
「ふみくん、嫌やったら無理せんで放り出していいんやけね?」
「聞けよ!!」
俺が騒ぎ立てるのが楽しいのか、未乃莉と充がきゃあきゃあ便乗するように笑っている。いや兄ちゃん怒ってるんだよ。お前らを楽しませるために大声あげてるんじゃないんだよ。
「…結構、楽しいからいいですよ。放り出したりもしませんし」
なんかもうぐちゃぐちゃな空間。うるさくて誰が喋っているか聞き取れないような、そんな騒がしい家族。その中にひふみがいて、同じように笑っている。
「っくそ、偉そうに…!」
それだけのことがとんでもなく幸せで、でも同時に悔しくもあった。
一体どれだけ俺は、こいつを。
鼻の奥がツンとする。くそ、くそ。こんなことで泣くとか、ふざけんな。俺は男なのに。男は大事な時にしか泣いちゃいけないんだ。
「もう、寝る!!」
「え、寝るって兄ちゃん風呂…」
「最後でいいけ起こしに来い!!」
横暴だとは分かっていながら、泣きそうなのを悟られたくないがために自室に向かう。19年間使った部屋は、いつ俺が帰ってきてもいいようにとまだそのままの状態だ。
prev / next