▼ 06
忠太は強い。だから俺は、逃げたくないって思ったんだ。忠太みたいな人になりたい。もう目を逸らしてはいけないと。
「…本当は」
言えなかったことも、隠していたことも、全部曝け出してしまおう。忠太はどんな俺でも受け止めてくれるから。
本当はずっと。ずっと。ずっと。
「…本当はずっと、俺も、忠太の家に帰りたかったから」
「…」
彼の顔を見上げてそう言うと、言い終えた瞬間にぷにりと頬を抓まれた。
「忠太…?」
驚いている俺に忠太はふと泣きそうな表情をして、それからすぐに笑顔になる。
泣きそうな顔のわけを、笑顔のわけを、俺は知っていた。俺も忠太を見ていると同じように感じるから。
泣きたいほどに切なくて、微笑むほどに愛おしい。
俺も、忠太をそういう風に愛している。
「タマは優しいな」
「優しくなんかないよ」
「俺、タマみたいな人になりたい」
「…俺は忠太みたいな人になりたい」
「じゃあ俺とタマが惹かれあったのは、やっぱり必然ってことだ」
「なにそれ」
「駄目?」
駄目じゃないけど、ちょっとクサい。あとありきたりだ。
「それは小説家として由々しき事態だな」
忠太は、ちょっとかっこつけたかったんだと少年のように笑った。
*
すっかり暗くなった窓の外からは、月明りが煌々と差し込んでいる。仄明るい廊下を裸足で歩いていると、居間の電気がまだ点いていることに気がついた。
「忠太」
「ん?」
「まだ起きてる」
「タマは眠れない?」
「うん」
「おいで」
忠太はパソコンを前に何やら作業をしていた。
「何見てるの」
胡座をかいた忠太の脚の上にちょんと腰を下ろす。
「エッチな動画」
「バカ」
「拗ねるなよ。嘘だって」
「拗ねてない」
「タマ、可愛い」
ちゅーっとうなじに吸いつかれ、俺はほんの少しだけ身じろぎした。それを見て忠太がふっと鼻で笑うので、俺は機嫌を悪くした。
「ごめんごめん。新幹線のチケット見てた。ネットで早めに予約すると割引されんだって」
「へぇ…忠太、どっか行くの?仕事?」
「タマも行くんだよ」
「え、俺?」
「今月末、弟くん退院するって言ってたろ」
――覚えてたんだ。
「忘れないよ。忘れるわけない。…んで何時の便がいい?あんまり朝早いのだと困るからやめてな」
忠太はマウスを操作してリンクを開き、時刻表のページを見ている。朝早いのは困るからやめて、という言葉に笑ってしまった。忠太は寝起きが悪い。
「どれがいい?」
「これかこれ」
「んじゃこっちの時間ね」
「締め切りは?」
「大丈夫大丈夫。そのへんちゃんとしてるから」
「この間みたいに俺の携帯にまで連絡くるような真似しないでよ」
「皆わかってんだよなぁ。俺がお前に弱いってこと」
「やめてよ。俺に怒られるのいやだろ?」
「むしろ好き」
「なんで」
「タマの怒り方、全然怖くないから」
「…だって、怒り方とか…わかんないし」
人の怒り方って難しい。俺は忠太を甘やかしていたいのだ。
「本当は怒ってないくせに、俺が忠太を怒らなきゃ!って一生懸命なとこがなぁ…もう抱きしめたくなる」
がばっと後ろから抱きつかれたかと思えば、手のひらで服の上から腹を擽られた。
「やめ…っんむ」
慌てて振り返る俺の唇を、忠太の唇が塞ぐ。下唇を食むように口付けた後、かさついた唇の皮を舌でたっぷりと濡らされた。
「…エロ」
ちゅぱ、とわざと音を立てて離れていく唇に、小さな声でそう罵る。濡れた口元を忠太の指が柔らかく触ってくるので、恥ずかしくなって再び彼に背を向けた。
「今のめちゃくちゃ可愛いからもう一回言って」
「いやだ」
「タマ〜」
「ふはっ、あっ、やめ…あはは!」
脇腹をこちょこちょと撫でられ、俺は笑い声をあげながら何とか逃れようと身を捩る。どんどん身体がずり下がっていき、忠太の脚を枕に仰向けで寝そべる体勢になってしまった。真上にある忠太の顔が、俺を覗き込んでくる。
「タマ」
「ん…」
あ、キスされる。そう思って目を閉じた。
が、しかし。
「あででで!無理!背中つる!」
流石にこの体勢から二人の唇をくっつけるのは不可能だったようだ。忠太の口から悲痛な叫びが溢れる。その様子につい笑ってしまった。
「あ、おい。笑うなよ。こちとら死活問題だ」
「ごめん」
「もういい、キスは後でな。ほらちゃんとここ座って。切符買うぞ」
「うん」
もう一度彼の膝の上に座り直して、二人でパソコンの画面を見つめる。
「指定席な」
「ううん。自由席で十分」
「俺駅弁食いたいもん。ちゃんと座れるとこ確保したい」
「ばあちゃんがいっぱいご飯つくって待ってるだろうから、ほどほどにしろよ」
「平気平気。タマのばあちゃんの飯、味濃くてうまいんだよな」
「ばあちゃん喜ぶよ」
「もちろんタマのご飯が一番だけど」
「えー、お世辞だろ」
「違うよ。この間つくってくれた煮物すげぇうまかったし。また食べたい」
「じゃあ明日つくる」
「うん」
――こうして夜は更けていく。
二人でいることが日常になった今を、夜を、この先ずっと何度も繰り返していく。
忠太と俺の、巡る日常。
end.
*
名無しさんリクエストで、「我慢してしまう年下と、包容力のある年上のお話」でした。途中までssだったのですが、ssの分量だと書ききれないくらいに設定が膨らんだのと、ちゃんと順を追ってこの二人の全てを書きたいなと思ったので短編という形になりました。
本編だいぶ暗い話になったので、その後の甘々生活なんかも蛇足ですがつけたしたい…です…。
蛇足ですがタイトルの「ループライン」は環状線のことで、環状線って「中心部を通らなくてもいいように、その周りを囲んだ道路のこと」みたいな説明をどこかで見たので、核心に触れるのが怖かった二人の姿にぴったりかなと思い、このタイトルにしました。あとはタマの名前とかけてます。
素敵なリクエストをありがとうございました!楽しんでいただけますように!
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