第二話
現世について早々に虚が現れたとの連絡が入り、ため息混じりに宙を蹴る。向かった先は元いた場所からさほど離れてはいない。ほどなくして見えてきた目的地にはやたら図体がデカイのが3体。腰に下げていた斬魄刀をすらりと抜き、そのまま距離をつめる。
三か月に亘る現世駐在任務。初っ端からこのペースかと考えると先が思いやられた。
* * *
ふと見上げた空に浮かぶ月が綺麗で、らしくもなく見惚れてしまう。こんな夜は旨い酒でも呑みながらゆっくりしてえな、なんて思っていると近くのマンションのベランダに女がふらりと現れた。どうやら彼女もこの見事な月につられてきた口のようで、その瞳はしかと空に浮かぶ円を捉えている。
「そんなに乗り出してっと、危ねえぞ」
人間の彼女には聞こえるはずもないのに、思わず口が動いていた。言ってしまった直後にそのことに気づいて思わず苦笑いを浮かべる。
「んー、大丈夫だよ」
予想外にも帰ってきた返事に驚いて女の方を見やる。すると女の方も目を丸くしてこちらを見ている。
「おい、お前……」
俺が見えるのか、とそう問おうとしたとき段差に躓いた彼女がぺたりと床に落ちた。慌てて尻餅をついた彼女に手を差し伸べ起こしてやる。
「す、すみません……」
申し訳なさそうに眉を下げて彼女が謝る。そして、言いづらそうに俺が何者であるか尋ねてくる。当たり前の反応だ。おずおずと俺を見ながら問いかけた彼女になんというべきか。とっさのことで上手い言い訳が見つからない。
「俺は死神だ」
迷った挙句、出した俺の言葉に目の前の女は手に持っていた缶を落とした。中から中身が出るが、それには目もくれず、ただただ彼女はぱくぱくと口を動かすだけ。
「心配しなくてもお前を殺そうとなんてしねえよ」
そういって少し笑えば、つられて彼女の表情も緩んだ。
「てっきり私の人生ここまでかと……」
安堵の表情を浮かべて再び地面へとへたり込む。
「驚かせて悪かったな」
そう告げて再び空へと戻ろうとしたら、「あの」と少し遠慮がちに声がかけられた。そして「あなたも月を見ていたんですか」と。彼女が指差す月は変わらず綺麗で、そうだ、と肯定すれば「私もです」とへにゃりと彼女は笑った。
「よかったら家でもう少し見ていきませんか?」
腕をひく彼女の言葉を拒む気にもならず、素直にその言葉に甘えることにする。
「お酒は嫌いですか?」
「寧ろ好物だ」
「ならよかった」
一人じゃなかなか飲む機会がなくて、と取り出されたのは見るからに立派な大吟醸。
「誰かと飲むお酒はなんだっておいしいんですけどね」
少し悲しげに目を伏せた彼女を、不覚にもきれいだと思った。