I feel dizzy.
世の中うまくいかない事だらけだと皮肉をたっぷりと込めた口調で、大きなため息と共に吐き捨てた。こんなにも感情を露にするのは一体何年振りだろうか。何も言い返さずただただ俯いている彼女の言いたいことはよくわかった。そしておそらく彼女が自分に掛けてほしいだろう言葉も。でもそんな心にもないことを言う気にはどうしてもなれなかった。そして例え彼女がその言葉を欲していても、取って付けた様に自分の口から出るそれを望みはしないだろう。
「馬鹿じゃないの、」
「………」
何も言わずバツが悪そうに歪められた顔。彼女の華奢な身体のあちらこちらに白い包帯が巻かれている。何で、何であんな無謀な事をしたんだ。君は僕の後ろにいればいいんだ。足手まといになるのが嫌だった? 勘違いも程々にしてくれ。それなら今の状況がまさにそうだ。いらない心配をかけさせて揚げ句の果てにはこんなぼろぼろになって帰って来て。一体君はどれだけ僕に心配を掛けさせれば気が済むの。それになんで君はさっきからこっちを見ないんだ。それどころか帰って来てから一度も顔を上げず俯きっぱなしだ。
「目を見て話す、なんて初歩的な事も君の両親は教えてくれなかったのかい?」
「………」
無視、そして沈黙。
十年前より幾分か人の扱いに慣れた僕は今彼女が会話を拒否しているのだと悟り、何も言わず席を立った。買ったばかりの皮のソファは少し軋んだ。結局わざわざ入れたミルクティーは甘すぎて一口飲んだままになってしまった。僅かに湯気が立つそれが完全に冷め切るまでそう長くはかからないだろう。
「……ごめんなさ、い」
ドアノブに手をかけた僕の後ろ姿に掛けられたその言葉は危うく聞き漏らしてしまうほど弱々しかった。何も言わず振り返ると微かにだが彼女の肩は震えているように見える。先の姿勢と変わらぬまま啜り泣く彼女は今にもどこかへ消えてしまいそうだ。
「ごめん、なさ……い」
鳴咽混じりでもう一度紡ぎ出された言葉。違う、違うんだ。僕は君にそんなことを言わせたいんじゃない。謝ってほしいんじゃないんだよ。
「おねが、いだか……ら、きらいに、ならない……で。わたし、を、見捨てないで」
一向にこちらを見ないで泣きじゃくる彼女をみると心が締め付けられる感覚に陥る。どうしてこうも伝わらないんだ。嫌いになんかならない、なるわけない。誰が君を見捨てるものか。
「やっぱり君は馬鹿だね」
「ひ、ば……」
「誰がいつ君のことを嫌いなんて言ったの? それに例え君が嫌がろうと僕は君を手放す気は無いよ」
後ろから抱きしめた状態だから今君がどんな顔をしているかなんて分からないけど拒絶の色は伺えないように思えた。その証拠に回した僕の腕をそっと君は抱きしめる。ふわりと香る彼女の匂いに軽い目眩を覚えた。
0929