辛いのはお好き?


「なまえ、」

「なんでしょうか?」

「その格好じゃここでは目立ちすぎる」


 ずい、と差し出された服。見たところ、スパナさんが身につけているものと同じもののようだ。


「男物だけどSサイズだからあんたでも大丈夫だろ」


 差し出されたものを素直に受け取ると、「着替えたら声かけて」とだけ言い残し、スパナさんは部屋を出ていってしまった。気を、使ってくれたのかな。悪いことさせてしまった。


「こんなもんなのかな……」


 慣れない現世の服に少し手間取ってしまったけれど、多分ちゃんと着れているだろう。真新しい服独特の匂いが鼻をくすぐる。


「スパナさん、終わりました」


 扉の外にいるであろうスパナさんに声をかける。しかし、暫くしても返事がない。不思議に思い、戸を開けると、廊下というには広すぎる真っ白い通路に出た。


「なんだここ……」


 そんな今更すぎることが思わず口から出てしまう。辺りをきょろきょろして見回してみたものの、スパナさんがどこにいるのかなんて検討もつかない。


「どうしたんだ?」

「う、わあっ!」


 急に背後から声がしたものだから、素っ頓狂な声をあげてしまった。びっくりしたとはいえ恥ずかしい……。


「い、いつからそこにいたんですか?!」

「……さっき?」


 なんだそれ。全く、スパナさんはつかめない人だ。


「それより、似合ってるな」

「え?」

「ツナギ。ウチのとお揃い」

「ありがとうございます……」


 スパナさんにとっては大したことない一言だったのかもしれないけれど、そう面とむかって言われると照れてしまう。結局お礼の言葉も尻すぼみになってしまった。けれど、そんな私にお構いなしにスパナさんはもう一度私を見てから、満足げに笑う。口から出たキャンディーの棒がぴょこぴょこと上下している。


「あれ、それは?」

「ん? これのことか。お腹空いてるだろうと思って持ってきた」


 スパナさんの腕に抱えられている大量のレトルト食品。ああ、なんというか、男の人にしてはスパナさんは華奢だとは思ったけれど、納得。こんなんじゃバランスも悪かろうに。


「とりあえず部屋に戻ろう。」


 両腕で沢山のレトルトを持ったまま扉を開けようとするので、慌てて私が戸を引く。さっき部屋にいた時はそれほど気にならなかったが、いったん外へ出た後もどってくると、どうもこの部屋独特のオイルの匂いが鼻につく。それでも、不思議と嫌な気にはならず、むしろ落ち着くような、そんな気分になった。


「なまえは何食べたい?」


 机に広げられた様々なレトルト食品たち。馴染みのものも何種類かはあったが、見たことのない料理が印刷されたパッケージもある。


「そうですね……」


 とれにしようかしげしげと眺めていると、今までそれ程感じていなかった空腹感が襲ってきた。


「これにします」


 いつぞやの旅禍たちが持ち込み、尸魂界でも話題になった食べ物。生憎私はブームに乗りそびれてしまい、今まで食べずじまいになっていたのだが、これも何かの縁だろう。







辛いのはお好き?



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