最初が肝心


「それでは、行ってきます」

「うむ」

「長期駐在じゃけぇ、気ィつけてな」

「分かりました」


 少し肌寒くなってきた秋空の下、上級席官でもない私の為に隊長、副隊長揃って見送りに来てくれた。隊員思いの上司に軽く感動を覚えながらも現世へ発つ時間が少しばかり過ぎてしまっているので、もう一度お辞儀をしてから腰から下げている斬魄刀を鞘から抜く。すらりと伸びた刀身は日の光を浴びて煌めき、眩しい。手から伝わるその重みに、鼓動が高鳴る。目を潰り、一呼吸置いてから口を開く。


「解錠……―――」


 宙で刀を捻ると目の前の空間が捻れ、襖が現れた。唇をきゅ、と噛んで前を見据える。今にも吸い込まれそうな闇に地獄蝶を飛ばし、断界へと足を踏み入れた。

 三ヶ月間に亘る長期現世駐在任務。院生の時の研修や、虚討伐時など一時的なものでは何度か訪れたことがあるが、長期駐在は初めてだ。現世には興味深いものが沢山あると聞く。任務で赴くのだから、不謹慎だとは思いつつも少なからず期待に心が躍った。



 遥か遠くに見える出口と繋がる現世を目指し、ひたすら走り続ける。一体どれだけ走ったのだろうか。一向に縮む気配のない出口との距離に違和感を感じていると、なんの前触れも無く"それ"は起こった。


「う、わぁ…!」


 突然足場がボロボロと崩れ、バランスを失った体が大きく傾く。必死で体制を直そうとするが、足場がないため両足は虚しく宙を蹴るだけ。まるで誰かに下から引っ張られて底のない沼に落ちていくような感覚。
 いきなり視界が暗転したかと思うと、すぐ目の前にまで拘流が迫ってきており、絡み付こうとしてこちらにどんどん伸びてくる。慌てて立ち上がり、捕われないように必死で走り出す。正規のルートを通っていた筈なのに一体どうなっているのだろうか。無線で技局に連絡を入れようと通信ボタンを押すが、イヤホンから聞こえてくるのはノイズばかりで一向に繋がる気配がない。


(とにかく逃げなきゃ……!)


 焦燥に駆られながら走っていた所為で足が縺れ、転んでしまった。急いで立ち上がろうとしたときにはもう遅く、呆気なく拘流に飲まれてしまった。もがこうとしても上手く体が動いてくれない。
 段々と意識が遠くなっていくのがまるで他人事のように感じられる。このままただ大人しく"死"を待つだけだと思うと悲しくなってくるが、だからといって今出来ることは情けないことに自分の無事を祈ることだけだった。







最初が肝心



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