未完成ピリオド


 開け放った窓から流れ込む柔らかな春の気配。つい最近まではどこへ行くにもコートとマフラーが手放せなかったというのに、ここ数日の間で随分と過ごしやすい気温に変わった。朝の天気予報によると今日の最高気温は19度。今みたいに書類整理をしていればなんの問題もないが、少し動くと体が火照ってうっすらと汗がにじむほどだ。


「そろそろ休憩入れませんか?」


 先程からずっともくもくと仕事をこなしている雲雀さんに声をかける。書類に落とされていた視線がこちらに向く。こんな些細な仕草だって、雲雀さんにかかれば途端に色っぽくなる。


「飲み物は何がいいですか?」

「君に任せるよ」


 機嫌がいいのか雲雀さんは珍しく笑みを浮かべると、書類を軽く整え、私が腰掛けるソファまでやってきた。二人分の重みで深く沈むソファ。微かにスプリングが軋む。


「暖かくなりましたね」


 雲雀さんは、答えない。

 雲雀さんに出会ってから後少しで三度目の春を迎える。登下校中に見える桜の蕾が日増しに膨らみ、もうそう遠くないことを否応なしに思い知る。そして、それがなんの意味を示すのか考えずにはいられない。


「今年の桜も綺麗に咲きそうですね」


 最初は押し付けられたも同然に決まった風紀委員だった。街中でたまに見かける風紀委員は全員リーゼントだったし、並森最凶とまで言われる風紀委員長の雲雀恭弥とは一体どんな人なのかもわからないまま、噂によって作り上げられたおぞましいイメージに、初会合まで悩まされた。最初の一ヶ月はまるで狼の中に放り込まれた羊の気分だったけれど、毎日顔を合わせているうちに段々とうまくやっていけるようになり、ほっとしたのも今では昔のこと。


「お茶、入りました」

「ありがとう」


 こうやって応接室で雲雀さんにお茶を入れるのも後何回なのだろう。最初は来客用のカップだけしか置いていなかったのに、何時の間にか雲雀さん用と私用のカップが並ぶようになった。黒と赤の色違いのそれは、まるで恋人たちのようで、照れ臭いながらも内心はすごく嬉しかった。


「雲雀さん、」

「……なに?」

「私、卒業したくないです」

「…………」

「雲雀さんと離れたくないですっ、……」


 つい口を出てきてしまった心の声。涙だけは決してこぼすまいと、スカートの裾を握り締める。けれど、想いとは裏腹に視界はどんどんぼやけていって、終いにはぽつぽつと手の甲に雫を落とした。


「しなければいい」

「、え?」

「卒業なんかしなければいい」


 驚いて雲雀さんの方をみると、そっと涙を拭われた。雲雀さんの指が触れたところが熱を帯びる。合わさった視線は外すこともかなわないまま。初めて間近で見る雲雀さんの端正な顔。


「ひばり、さん……」


 やっとの思いで出した声はからっからで、ただ名前を呼んだだけで頭は空っぽになり他になにも言葉が出てこない。そんな情けない私を雲雀さんはただ微笑みながら頭を撫でてくれる。


「ずっと僕のそばにいなよ」


 今度こそ何か言わなきゃいけないのに、何も言葉がでない。言葉の代わりに涙が出てくるだけで、きっと今の私の顔は涙でぐしゃぐしゃなんだろうな。ゆっくりと私の頭を撫でる雲雀さんの手がくすぐったい。


「好きだよ、なまえ」


 優しく響く雲雀さんの声は、柔らかな春の陽気に溶ける。声を出せない私はせめてもの返事にと、雲雀さんの背中に腕をまわす。男の人はおろか、人とこんなにも密着することなんてないものだから心臓が張り裂けてしまいそうだ。







未完成ピリオド




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