エンゼルフィッシュの溺死体


 コポコポと世話しなく水槽に酸素を送り続けている音だけが静かな部屋を満たしている。その中には魚が一匹、それにとっては大きすぎる水槽内を時折水音を立てては行ったり来たりを繰り返している。唯一、彼女が俺の部屋に残した、不気味な魚。目を疑いたくなるほどの鮮やか過ぎる色を身に纏い、右から左、左から右へとやはりとどまることなく往復を続ける。

 あいつが「あんたの部屋は殺風景すぎるから」と俺に何の断りも入れずに突然持ってきて、半ば無理矢理押し付けられたのは一体いつだったか。気が遠くなるような日々を過ごして来た所為で、もうはっきりとは思い出せない。ただ、現世にいる珍しい魚だと言って自慢げに話すあいつを見ながら、一体この気色の悪い生物のどこが良いのか全く理解できなかったことだけは今でもはっきり思い出せる。

「なあ、お前はあいつのことどう思ってたんだ?」

 いきなりお前を異世界に連れて来て、俺みたいな所に置いてったあいつのことを。
 返事などしないに決まっているそれはこちらのことなど気にもかけず、相変わらず限られた場所をひたすら往復している。

「先輩、そろそろ行かないと……」

 なかなか部屋から出てこない俺を見兼ねて、遠慮気味に赤髪が戸から顔を覗かせる。
 もうすぐ、大した席位にいたわけでも無いあいつのためにそれなりに立派な葬式が開かれる。最初は限られた人数だけて行う予定だったが、昔から友好関係が広かった奴だから予想以上に人が集まり、結果、俺以外の隊長格も含めたかなりの人数が参加することになった。

「今行く」

 短く返事をすると、コンセントに挿しっぱなしだったプラグを引き抜く。恋次が何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わないまま黙った。あいつがせっせと水槽一式を設置しながら「あんたと違ってデリケートなんだから、ちゃんと世話しなさいよ」と言ったもんだから、今日まで律儀に世話してきてやったが、もうその必要もないだろう。

 こいつの世界から酸素が消えてなくなるのと俺の世界からお前の残像が消えてなくなるのとどちらが先か。





 お前のことなんて、全部、忘れてやる







エンゼルフィッシュの溺死体




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -