変化皆無、退屈な日常
また今日も、退屈で何の変化もない日常が始まる。
ほら、今もそう。
「ぎゃーーーー!! ご、獄寺くん、ダイナマイトはやめて! マジでストップ!!」
ああ、五月蝿い。
引き攣った声で悲鳴を上げた人物──認めたくはないが、僕の双子の兄だ──のほうを見て、これ以上ないくらいに大きい溜め息を吐いた。
よくまあ、毎日毎日飽きずに同じことを繰り返せるものだ。呆れを通り越して、感動さえ覚える。周りへの迷惑というものを、考えていないのだろうか、あの愚兄は。
同じ「兄」でも、よっぽどレンにぃのほうがマシだ。──変態なことを除けば、だけど。それでもきちんと僕達のことを愛してくれているし考えてくれて気に掛けてくれている分、あんな愚かな双子の兄より、とってもましだ。
「藍ちゃん、溜め息なんか吐いてどうしたの?」
「……ああ、沙夜……」
きょとんとした、不思議そうな表情で僕のほうを見つめる僕の唯一、裏世界の皆以外で大切な沙夜。
うん、やっぱり可愛い。少なくとも、あの愚兄が恋心を抱いているらしい笹川京子よりも可愛いと思う。あくまで僕個人の意見だけど。
第一沙夜にはもっと相応しいひとがいるもんね。沙夜第一主義の、愚兄……沢田綱吉よりも格好いい佑にぃってひとが。
「ん、なんでもないよ。ちょっと疲れただけ」
「そっか、よかったー」
心底ほっとしたように、ふにゃりと笑った沙夜は本当に安心したのだろう、安堵の滲んだ声音でそんなことを独り言のように呟いた。
どうやら本気で心配してくれていたらしい。嬉しいような、申し訳ないような。そんな気持ちになる。
ぴろぴろりん、りりん
「………ん?」
なんとも軽快なリズムの音楽が、制服のスカートのポケットにしまっていた携帯から紡がれる。
この、着信音は。僕の大好きな裏世界の人達からの連絡用にしている音楽だ。それも、そのなかでもいちばん、大好きな。
画面を見れば、予想通りの名前がディスプレイに浮かんでいる。
電話ではなくメールだったから、かちかちと携帯を操作してフォルダを開き、『新着』と表示された一番上のメールを確認した。
「……あれ。藍ちゃんだけじゃなくて、私もだ、メール」
「沙夜も?」
うん、と答えた沙夜はどうやら学校に居る間だけ携帯をマナーモードにしているらしく、着メロではなく携帯が震えたことでメールに気付いたみたいだった。
マナーとしては沙夜が正しいんだろうけど、生憎僕はそういうことに頓着しない性分なので気にしない。要は気付かれなければいいだけの話だ。
メールの内容は、どうやら二人とも同じみたいだった。
差出人同士が一緒に行動していることが多いので、まあ当然といえば当然だろう。
「誰から?」
「えっとね、……ゆーくん」
「よかったね、僕は灰からだった」
照れくさそうに、恥ずかしそうに差出人の名前を口にする沙夜は、僕よりもっとずっと女の子らしいと思う。
そういう反応、僕はあんまりできないからちょっと羨ましい。
それにしても、端から見たら言うまでもなく両想いだというのに、これでこの二人、付き合っていないというのだから驚きだ。
正確には、佑にぃの熱烈なまでのアタックに超が付く天然の沙夜が気付かないだけなんだけども。
でも両想いなのは一目瞭然だから、放っておいてもその内自然にくっ付くのだろうとは思う。両片想い、ってやつかな。
恋愛方面に、こう言っちゃなんだが僕はそこまで詳しくないので、残念ながらよくわからないけど。恋人がいるのに、どうもそういう方面に対して僕は疎い部分がある。
まぁ、その理由はたぶん僕達があまり苦労せずに進んでしまった所為だろう。
沙夜と談笑を続けつつも、ちらりと先ほどのメールをもう一度確認する。
綴られた文面は、『今日の放課後、いつもの場所で。何か要望があれば付き合う。』の二文だけ。
差出人の性格を理解しているから、この簡潔かつ簡素な文章でも何を言いたいのか察することができる。彼らしいと思った。
このたった二文で言いたいのは、つまり俗にいうデートしようってことだろう。
彼は普段あんまり口数が多いほうでもないから、こんな文章表現でも相手の真意を図ることに慣れてしまった。
大抵こんなメールが送られてくるときは彼から何らかのお誘いがある時だ。
特に断る理由もないし、寧ろ嬉しいことなので『わかった。楽しみにしてる』とだけ此方も打ち返し、ぱたんと携帯をしまった。
久し振りの誘いに、自然と口角が上がる。
ああ、今から楽しみだ。