日常から非日常的な変化
がやがやざわざわと煩く声が響く十番隊の執務室。眼前にどどんという効果音が付きそうなくらいの迫力で聳え立っている書類の山を見て、雅はしかし表情をまったく変えずに内心溜め息を吐いた。

(………馬鹿みたい)

心の中で、小さく呟く。呆れと諦めにも似たものを覚えながら。

こんなことをされている“彼”には悪いかもしれないが、目の前の状況と自分は、関係がない。関係は、ないけれど。流石に馬鹿みたいに積み上げられている書類が、もしも大事な案件の書かれた書類だったらどうするというのだろう。

まあ、目の前に本人がいないし、恐らくこんなことをした者達も自分達がしたことの重さがわかっていないのだろうが。

けれど今は一応自分の所属はこの十番隊であり、隊務に支障が出ることは上位席官の為、頷ける状況ではない。
ふう、と周囲に聞こえるか聞こえないかの音量で小さく小さく息を吐いた雅は、目の前に積み上げられている書類の半分ほど、を手に取る。かなりの量だが、集中すれば一、二時間で終わる量だ。
書類が積み上げられている机の主である、今はこの場にいない本来の上司である“彼”の姿を思い浮かべて、やはり立場上自分は彼に甘いのだろうかと小さく自嘲して。

かなりの量の書類を片手に、書類の積まれていた机を一瞥して自分の机に戻ろうとした時、顔も名前はっきり言って覚えていない…恐らくは平隊員であろう男が慌てた様子で雅に声を掛けてきた。

「空里五席、あんな奴の書類などやらずとも「ではお尋ねしますが」…はい?」

「これは仮定、もしもの話ですが、貴方にお聞きします。 もしもこの大量の書類の中に重要書類があったらどうするんですか?もしもそれが今後の隊に関わる案件のものだったら?今後の隊務に関わるものだったら?重要任務に関わるものだったら? …何でもいいですが、提出期限が迫っていて、尚且つ重要な書類だったら、貴方はどうするのですか? それの提出が遅れた所為で、今後の任務や隊務に支障や過失が出たら貴方はどう責任を取るおつもりですか?その所為で死者や怪我人などが出たら余計に責任は重くなります。 職務怠慢も甚だしいところです。誰かが仕事をしなかった所為で今後の隊に影響が出ます。 …あくまで仮定、の話ですが」

静かに淡々と何の感情も込めずに言葉だけを述べていく。言っていることはまさしく正論なので反論できる者もおらず、渋々その平隊員は口を噤む。

「しかし、奴はあんなことをしたんですよ!?当然の報いです」

しかし尚も言い募ろうとする平隊員に呆れたような冷たい視線を向けて、何の感情も温かみも感じられない声色で、雅は言い放つ。

「彼が何をしでかそうと関係ありません。 それにあれは当人同士の問題です。部外者があれこれ口を出す必要はありません。 …第一、仕事に私情を持ち込むなど言語道断です。彼のやった所業が何であれ、それとこれとは話が別です。仕事に関係はありません」

「………わかり、ました」

雅の冷たい視線と声色に気づいたのか、怯んだように平隊員はそそくさと立ち去っていった。それを変わらず無表情で見やって、雅は自身の仕事机へと足を進める。足取りは重くもなく、軽くもない。至って普通の足取りだ。

(まったく何してるの…? 貴方は。 …直弥)

無表情の雅の感情を読み取れる人間は数少ない。その数少ない人間の中に分類され、今現在何処かに居るのであろう男の顔が脳裏を掠めて、知らず雅は重い溜め息を吐いていた。
彼女の表情に僅かながら心配の色が浮かんでいたことに気づいた者は誰もいない。
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