錫也おめでとう






 今日、7月1日は俺の誕生日だ。

 朝、目を覚ますと俺の手は携帯を握っていた。寝ぼけた頭で考える。ああ、そうだ、あいつから0時ぴったしに誕生日メールが送られて来たんだったな。なんだかすごく幸せな気持ちでもう一度メールを読み返す。『ハッピーバースデー、錫也!』と書かれたメール、俺はそれを保護した。けれどできれば電話で言って欲しかった。欲張りだな俺は。そんな考えを打ち消すように携帯を閉じるとベッドから降り時計に目をやった。

「まずいっ」

もうこんな時間だ。時計の針はいつも寮を出る時間を指しており、俺は慌てて支度をし部屋を出た。



 朝っぱらから走って登校するのは好きじゃない、だから普段はゆっくり歩いても余裕があるくらいの時間に出ていたのに。誕生日に限ってこれだ、朝の幸福感は既にどこかに行ってしまった。


「お、錫也がこんな時間にいるなんて珍しいな」


振り向けば哉太がいた。最悪だ、本当にこれは遅刻かもしれない。

「・・・寝坊したんだよ」
「おい、今の間はなんだよ」
「哉太がいるってことはもう遅刻決定かな、と思って」
「はは、まあそうだな」

じゃ、お先にと哉太がスピードを上げたので俺も負けじとスピードを上げる。校舎に着いた頃には二人とも完全に息があがっていた。ワイシャツは汗でびしょびしょで肌にはりつくし、全速力で走ったから疲れたしで最悪だったけどなぜかすごく楽しかった。
教室に入るともう出席確認は終わっていた、俺の初めての遅刻。ホームルームが終わるとすぐにあいつが駆け寄って来た。

「錫也が遅刻なんて珍しいね、どうしたの?」
「ん、ただの寝坊だよ」

あいつが心配そうな顔をしてるから俺は笑う。そうするとあいつも笑うからだ。ほら笑った、俺の頬も自然と緩む。

「あ、メールありがとうな」
「ううん、本当は電話にしようか悩んだんだけど時間も時間だったし・・・」
「いや、メールで充分嬉しいよ」

本当は嘘だけど、でも俺にそんなことを言う資格も勇気も無いので言わない。
そんなやり取りをしていたら1限目の開始を合図するチャイムがなった。あいつが慌てて席に戻るのを横目で見る。あの長くて綺麗な髪の毛に触れたいと思った。そして教室に教師が入ってきて授業が始まる。



 授業と授業の間にある10分休憩中、あいつは哉太と何かを話してた。何を話しているのか大体想像はつく、けれど俺は分からないふりをし続けた。そしてまたチャイムが鳴り授業が始まる、これが終わったら昼休み。





 4限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。教室がざわつく、あいつが俺の席にやって来た。

「錫也!食堂行こう。ね、早く早く」
「ああ、わかったわかった」

俺は苦笑しながら席を立つ。哉太の姿が見えなかったけどそこには触れなかった。今日は梅雨なのによく晴れたね、とかそんなたわい無い会話をしているうちに食堂に到着した。入り口に近い所に哉太が座っているのが見える。哉太も俺達に気づいたのか手を大きく振っている。

「あ、悪い。ここしか席取れなかったわ。なんかどっかのクラスが早く授業終わったらしくてさ、良いとこ取られてて」
「別に平気だよ。さ、錫也はここに座って」
「はいはい」
「そしたら目を閉じてて」
「目を閉じないといけないのか?」
「うん、私がいいよって言うまで絶対に開けちゃ駄目だよ」

あいつが楽しそうにそう言うから仕方なく言われた通りに目を閉じると、たたっと軽やかな足音が聞こえた。走ると危ないぞ、と言いかけてやめる。俺は素直に大人しく待つことにした。あいつの手作りだったらどうしようかな等と考えながら。





「錫也、もう目開けていいよ」

あいつの合図で目を開けるとテーブルの上に大きなケーキが乗っていた。ケーキの上にはチョコレートのプレートが乗っていてホワイトチョコで『錫也ハッピーバースデー』と描かれている。

「錫也、誕生日おめでとう」
「はは、錫也、お前また一つ歳取ったな」

月子と哉太から祝いの言葉を貰う。俺は笑顔でありがとうと返した。

「食堂のおばちゃんに頼んだらケーキ作ってくれたんだ。おばちゃん錫也の為ならってはりきってたよ」
「なんとなく想像できるよ」
「はは、錫也はおばちゃんに好かれてるからなあ」
「でもごめんね、本当はもっと盛大に誕生日会をやろうと思ってたんだけど・・・・」
「いや俺はすごく嬉しいよ。部活忙しいんだろ、あまり無理はするなよ」
「うん、ありがとう」
「錫也感謝しろよな。こいつ最初自分がケーキ作るなんて言ってたんだぜ」
「ちょっと哉太!それどういう意味」
「そのまんまの意味に決まってるだろ」


隣で月子と哉太が騒ぎだした。俺はケーキに視線を落とす、なんだろうかこの気持ちは。胸が、痛い。


「錫也?」
「どうしたんだ、ぼーっとして」
「え、ああ何でもないよ」

動揺を悟られまいと笑ってそう答える。俺が笑うと哉太と月子も笑った。これでいいんだ、これで。ズキン、また胸が痛んだ。



 昼休みがいつものように過ぎていった。今日という日が過ぎていった。今日は俺の誕生日だった、なのにどうしてだろう胸が痛いのは。笑えば笑うほど虚しさは胸に積り、俺の心を侵食していく。嫌な感じだ。


 放課後、俺はまっすぐ寮に帰った。自室に着いた俺はベッドに横たわってぼーっとしていた。あと5時間で今日が終わる、俺の特別な日が終わる。虚しかった、理由は分かっている。でもそれを認めたくなくてどうしたらいいか分からない。たぶん俺は、あいつにもっと祝われたかったんだろう。いや、ちょっと違うかな。どう表現したらいいか分からないけどたぶん寂しいって言葉が一番しっくりくる。

急に携帯電話が鳴った。ディスプレイに浮かぶ文字はあいつの名前、俺は慌てて電話に出た。


『あ、もしもし錫也?』
『ああ。どうしたんだ急に』
『あのね今外に出れる?』




急いで外に出ればあいつが寮の前にいた。こんな時間に男子寮の前にいるなんて、こいつの無用心さには毎回呆れる。

「こんな時間に男子寮に来たら駄目だろ」
「ごめんなさい、でもどうしても渡したいものがあって」

はい、と差し出されたのはピンク色の袋に赤いリボンがかかっている手のひらサイズの物体、つまりプレゼントだ。俺の心臓がドキりと跳ねる。

「本当は昼休みに渡そうと思ったんだけどタイミングが掴めなくて・・・誕生日おめでとう、錫也」
「ありがとう、月子。開けてもいいかな」
「うん」

丁寧に袋を開けると星のモチーフが付いたストラップが出てきた。

「気に入らなかったらごめんね」
「そんなことない。ありがとう、大切にするよ」


絶対大切にする。ぎゅっとストラップを握りしめるとさっきまで感じていた痛みが急速に引いていくのが分かる。
俺の目の前であいつが笑ってて、俺も自然と笑顔になった。なにより今は俺だけにこの笑顔が向けられていることが堪らなく嬉しかった。

「それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」





 今日、7月1日は俺の誕生日だ。

 さっきあいつから貰ったストラップを携帯につける。俺はたぶん俺が思っている以上にあいつの事が好きなんだと思う。じゃなきゃ、あんなに痛かったのにこんなストラップ一つで治るわけがない。今すごく幸せだ。もう一度あいつから貰ったメールを見ようと携帯を開いたら、日付は2日に変わっていた。

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