「十夜兄さん!」

 雪のように白い肌、黒檀のように黒い髪、ほんのり桃色の頬に林檎のように紅い唇をもった少女が満面の笑みを湛えながら彼女の愛しい人の名を呼んだ。
十夜と呼ばれた男は視線を少女に向けるだけで一言も発しようとしない。しかし少女はそんなことを気にせず彼に話続ける。


 「ねえ、十夜兄さん。わたし十夜兄さんの誕生日を決めていなかったわ」
 「……」
 「それでね、考えたのだけど10月10日はどうかしら」
 「何故10月10日なのだ」
 「遠野十夜だからよ」
 「そうか」
 「ええ。では、十夜兄さんの誕生日は10月10日よ」




 懐かしい夢をみた。あれは紗夜と出会ったばかりの頃、十夜がまだ人らしい感情を身に付けていない、死神として存在していた頃のことだ。
もう紗夜は憶えていないだろうが、ただ終わりを見届けるだけの存在であった十夜――紗夜と出会った頃には名乗る名すらなかった――に紗夜は色々なものを与えてくれた。そして気が付けば十夜は死神ではなくなった。

 では自分は一体何者なのか、いつからか十夜の中に生まれた疑問は消化されることも吐き出されることもなくぐるぐると胸の内に留まり続けた。死神でもなければ人間でもない。紗夜という存在にのみ生かされている。しかしこれだけははっきりしている。自分は紗夜のもので、そして紗夜は自分のものではないと。紗夜が求める限り存在する意味があるが、紗夜に必要とされなくなったその時にはただ消えるだけの存在だ。十夜は紗夜の為だけにある、幻想。幻想は終わらなければならない。紗夜は離れなくてはいけないのだ、それが紗夜の為だから。離れがたいと思うのは紗夜がそう思っているからで、決して十夜自身の意思ではないはずだ。元々死神の十夜に意思など持ち合わせてはいないからだ。疑問を抱くことも、紗夜を手放したくないという意志を持つことも、全て自分が死神ではなくなったという確かな証拠であるのに十夜はそれを肯定できないでいた。十夜の腕の中から抜け出すことは紗夜の為になるのに、いつまでも閉じ込めておきたいという矛盾を抱えたまま今日も紗夜を優しく包み込む。




 「十夜兄さん!」

 出会った頃と変わらない笑顔で、しかし成長した紗夜はとても美しい姿をしていた。

 「どうしたんだい」
 「ふふ、少し甘えてみたくなっただけですよ」


 紗夜はくすくすと笑いながら膝の上に頭をのせてきた。のせられた頭を撫でてやれば、紗夜は気持ち良さそうに目を細めた。


 「兄さん」
 「なんだい」
 「ずっと私の傍にいて下さいね」
 「ああ、紗夜がそう望むのなら俺はいつまでも紗夜の傍にいるよ」



 どうしてこの胸は痛むのだろうか。疑問が解決されることはなく、今日も静かに十夜の心に降り積もる。





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