「ねえ、知ってる?遠野さんって……」
「えっ嘘でしょ。それはないって」
「本当だって。お母さんがそう言ってた」
「えーそんな人だとは思わなかった……」




 私は耳を塞ぐ、目を閉じる。現実を切り離すことは簡単だ。こうやってなにもかもから目を反らして“存在しない”ことにすればいい。なにもかも、いえ、兄以外の全て。私の世界にいていいのは兄だけで他はいらない。けれど、兄さんは兄さんの世界は私だけで、私の世界は兄さんだけではいけないと言う。そんなことないです、そう言っても兄は寂しそうに笑うだけであった。どうして伝わらないのだろう、私がどんなに兄さんを思っているのか。兄さんは世界で唯一の人なのに。私は哀しくなった。



「ただいま、兄さん」
「ああ、おかえり」

 帰宅すると兄さんが出迎えてくれた。哀しさを紛らわしたくて私は兄さんに飛び込む。兄さんは絶対に私を受け止めてくれると知っているから私の全てを兄さんに預ける。ほら、兄さんは腕を広げて私を受け止めた。


「どうしたんだい、紗夜」
「……」
「俺の可愛い紗夜」


 兄さんの大きな手で頭を撫でられると何もかもどうでも良くなる、何もかもがいらなくなる。兄さん以外の何もかもが。

「愛しています」
「俺もだよ」

 顔を上げると夕闇の眸が私を包み込む。兄さんの黒い瞳の中、映る私も黒色で、世界が兄さんの黒に染まっていく。この恍惚感に浸る時間はかけがえのないものだ。


 耳を塞ぎ、目を閉じた世界。黒色の世界。それが私の世界。兄さん。兄さん、兄さん



 それは陽が沈み、夜が来るまでの一瞬の蒼色が頭上に広がっている時だった。私の世界は相変わらず真っ黒で、見上げた時計塔も逆光により黒色に染まっていた。

 「そこのお前」

 彼は突然、私の目の前に、私の世界に現れた。暗闇が迫る世界に。蒼色に染まる世界に。

 彼の眸の、暗闇に染まる瞬間の蒼が稲妻のように私の世界を切り裂いた。


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