∴ 01 なんだかよくわからないままソーマとの初邂逅を終え、私はエントランスまで来た。 リッカちゃんにも言われた通り、今日は私の初陣だ。……死なない程度に頑張ろう、うん。命は大事よ。 「ひばりちゃん、任務受けに来た!」 「あ、ツバキさんから話は聞いてますよ。同行者の人がまだ来てないんで、あっちのソファーで待っててね」 「あい」 ヒバリちゃんは、私に対して時々敬語が外れる。いや、それが不満な訳じゃない。むしろ、よく私みたいな幼女にまで敬語が使えるなぁ、と、彼女の律儀さに感心しているところもある。 私は言われた通りソファーに座った。ここに座るのは、コウタと初めて出会ったあの日以来だ。 ぷらぷら、と床に届かないせいで宙ぶらりんな足を振りながら『同行者』を待つ。 やがて、上の方からカンカンと階段を降りてくる足音が聞こえてきた。 やって来たのは、黒い髪の男の人。纏う雰囲気は少しだらしなくも見えるが、私はそれも彼の個性であると考えている。……といっても、“実際に”顔を合わせたのは今日が初めてなのだけれど。 「あ、リンドウさん。支部長が見掛けたら顔を見せに来いと言っていましたよ」 「オーケー、見かけなかったことにしといてくれ」 それでいいのか! 心の中で全力で突っ込む私。リンドウさんはこちらに向かってまっすぐ歩いてくると、私の目の前で足を止めた。 「よぉ、新入りのお嬢ちゃん。俺は雨宮リンドウ。形式上、あんたの上官にあたる」 私はそんなリンドウさんを見上げる。 ……リンドウさん、『私』にあんまり驚いてないな。事前に誰かから聞いてたか。 「暁チトセです。よろしくおねがいします」 「おー、礼儀正しいな。親御さんの教育がよろしいようで」 その言葉に、私は何も言わずにっこり笑って見せた。…まぁ、中身女子高生ですから、この幼女。 「ま、取り敢えずあんま無茶はすんな。何かあったら俺がサポートすっから、な?」 そう言って、リンドウさんは私の頭に手をおいた。 …流石に、こんな幼女に「背中を任せられるくらいに育ってくれ」とは言わないか。幼女だし、この対応は当然っちゃあ当然なんだけど、…なんだかなぁ。 「…あ、もしかしてその子が噂の新しい子?」 ちょっと複雑な気持ちでいると、不意に上からそんな声が降ってきた。 二人でエントランスの二階を見上げると、そこにいたのは真っ黒な髪をショートボブにした麗しのお姉さま……。 「(サクヤさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!)」 第一部隊のお姉様にしてリンドウさんの未来の嫁、橘サクヤさんが私達を見下ろしていた。大胆に露出された肌は滑らかで、黄緑やダークブラウンを基調としたシングルクロスと呼ばれるセクシーな衣服がよく似合っている。 リンドウさんとは比べ物にならないくらいテンションが上がった。はい、好きですサクヤさん。ゲームをプレイしてても是非御姉様とお呼びしたいくらいには好きでしたサクヤさん。 「噂には聞いてたけど…本当に可愛い女の子なのね」 そう言って、私に向けて惜しみ無い笑顔を浮かべるサクヤさん。ああサクヤさんマジ美女。結婚してください。 「あー、今このお嬢さんに厳しい規律を叩き込んでるんだからあっちいってなさい、サクヤくん」 「了解です、上官殿」 楽しそうに軽口を叩きあい、サクヤさんは私に向かって軽く手を振ると、そのまま颯爽と私の視界から消えてしまった。 くっそサクヤさん!もうちょい傍に居てくださっても良かったのに! 「と、まぁそういうわけで…だ。今回の緒戦の任務は俺が同行する。さて、それじゃあそろそろ出撃ゲートに…って、どうしたお嬢ちゃん。何しょげてんだ」 「…おねーさん、行っちゃいました」 「あー、サクヤ…今のお姉さんか?何だ、あのお姉さんが気に入ったのか?」 「(こくり)」 だって美人は世界の宝ですもの! そんな心の叫びは声に出すことなく、喉の奥に押し止める。 リンドウさんは苦笑しながらしょげた私の頭を、宥めるようにぽんぽんと叩いた。 「帰ってきたら遊んでもらえ。…な?」 「うー…はい…」 別に遊んでほしいわけではないけど。もうちょい目の保養がしたかっただけなんだけど。 よし、行くかと時計を見たリンドウさんに従い、私は今まで座っていたソファーからぴょんと飛び降りる。 リンドウさんと並ぶと、…うわあ背ぇ高い。しかも近くで見ると、その鍛えられて引き締まった体がよくわか…って、私はオッサンか。着目点がオッサンか! 「チトセちゃん」 「う?」 リンドウさんについて受付の横を通りすぎようとしたとき、不意にヒバリちゃんから声をかけられた。 ヒバリちゃんを見上げると、彼女はカウンターの中から私を見下ろし、微笑んだ。 「いってらっしゃい。気をつけてね」 ――――その言葉に、一体どれほどの想いが込められていたんだろう。 まだ経験のない私には、勿体ないけど、多分彼女が込めた想いの全部を感じ取ることは出来ていない。 でも、その一部分だけだとしても、ヒバリちゃんの言葉はとても暖かくて、優しくて、すとんと胸に収まったのを感じた。 だから―――― 「…ん、いってきます!ひばりちゃん!」 笑顔で、その言葉を返した。 階段の上で、リンドウさんがそんな私を待っている。 先程よりも幾分か軽い足取りで階段を駆け上ると、リンドウさんにくしゃりと頭を撫でられた。 |